41話 ページ43
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あれは、白昼の夢であったか、それとも現実の出来事であったか。
夢見心地の浮くような、沈むような感覚の中に俺はいた。
……彼女を忘れなければならない。彼女が望むのなら、俺はなんでもするつもりだった。
裏目がこんな所に出るとは思ってもいなかった。
彼女への愛を捨てねばならない。
あの時、愛している。と言えば彼女は純粋に俺を受け入れただろうか。
最後の接吻は仄かに甘く、ひどく苦かった。
湿っぽく、時間が経つのが惜しいような接吻。
とことん俺は馬鹿な男だ。彼女を早く殺しておけば良かっとさえ思う。
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軍服を着て、羽織をまとい、帯刀する。
鎹烏が俺に告げた。
「汽車で乗客の行方不明事件が起きている!至急西へ向かい、無限列車に乗車せよ!」
頭上で目まぐるしく回る烏から目を逸らし、俺は西へ向かった。
千寿郎の頭を撫でた。父上に挨拶をした。
ただ、この晴れない気持ちは何か。
列車が車でかなりの時間があった。
通路を進むと、紫煙が俺を巻き込んで、年老いた男が喋った。
「お兄さん、
その声に俺は足を止めた。
男の出店にはずらりと簪が並んでいる。
平打簪に玉簪、吉丁……全てが女性の好むものばかり。
ふと、俺は藤をあしらった簪に隠れていた簪を見つけた。
赤い菊が施された2本軸の簪。
あの黒髪にこの花をさしてやりたいと思った。
彼女の気持ちを考えているとは到底思えない。
だが……いつか、落ち着いたらあの藤山へ行き彼女にこの簪をあげたい。
「では、これを頂こう」
男は笑った。
「2乗だな」
「何がだ?」
「簪を贈る意味。そして、菊の花言葉」
代金を払い、簪を持った。
赤く陰の含んだ熱っぽい色彩は彼女の唇しか出せない色。
装飾が鈴のような涼しい音を立てる。
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「俺は、……」
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添い遂げたい、そんな戯れ言のような贅沢は言わない。
ただ君に愛していると言いたい。
君が笑顔で幸せで、欲深でいいのならその隣には俺がいる。
…………不可能に近い、俺の願いだ。君はきっと俺の為に自分を犠牲にしているんだろう……?
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おもち - 赤い花白い花の歌詞が入っていてとても惹き込まれましたー!とても素敵です!!! (2020年3月24日 21時) (レス) id: 2fd70573e8 (このIDを非表示/違反報告)
茄子(プロフ) - 小説も挿絵も何もかもがとても素敵でした……素晴らしい作品をありがとうございます…… (2020年1月25日 23時) (レス) id: 58113d68f6 (このIDを非表示/違反報告)
モルス(プロフ) - 涙が止まりません……こんな素晴らしい作品をどうもありがとう…… (2019年12月2日 14時) (レス) id: d7cc26133c (このIDを非表示/違反報告)
愛郎素(プロフ) - 香坂さん» 語彙力が!高い!!よもやよもやです……本当に書いていてよかったと感じました!これからも頑張ります! (2019年10月12日 14時) (レス) id: 56f98660a0 (このIDを非表示/違反報告)
香坂 - 言葉使いや書き方、表現に引き込まれました。一つの本を読み終えた時のような気持ちになり、とても良い作品だと心から思いました。このお話が読めてよかったです。 (2019年9月18日 17時) (レス) id: c6f322a1f4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:愛朗素 | 作成日時:2019年8月30日 21時