『届かぬ背中に捧ぐ』一 ページ7
思いつきを語る目だが、天性の鋭さを持つナオミが言うと、それらしく思えてくる気もする。
与謝野は口を開き、そして閉じた。
偶然だと思うし、そうでなければ出来すぎている。だけれども専門外のことは考えても分からない。そろそろ糸口位は拙めるはずだから、それまで保留だ。
「六院は、」
ふと、言葉が止まった。
この女医には珍しいことに、続けるべき先が見当たらなくなったのだ。擁護したかったのではない。
ただ、彼という人を語るのに適切な表現を持っていない事を、不意に知ってしまったのだ。
そこまで難しい人間ではない筈なのに。精々、太宰と同じくらいかそこらの。なのに、今は出てこない。言うべきこと、掛けるべき言葉、励まし。
如何してかその全てが誤魔化しでしかない気がして、でもそんな外科医女性の二重の勘は、案外当たっているのかもしれなかった。
戸惑いを隠すために室内を見回す。無造作に珈琲カップを置いた腕が何かの四角い縁に当たり、破砕音が室内に響いた。
あっ、と慌てたナオミと目が合い、同時に地面を見る。顔を顰めた。
「これ……」
「嗚呼」
写真立てが表を上にして粉々に割れていた。
四つ角に縁取られた真ん中に、社員で行った慰安旅行の記念写真が入っていた。
結構な勢いで滑り落ちたからだろうが、硝子は蜘蛛の巣のように割れて、縦横に亀裂が走る。
幾重にも渡る裂け目が、写真の中の六院の微笑みを切り裂いていた。隣でヘラヘラしていた太宰は無事なのに、狙いすましたように六院だけが割かれている。
……不吉だな、と思って。すぐに感想を掻き消す。
「誰か戻る前にすぐ修理だ」
「手伝いましょうか?」
「そうさね、器用な手はあった方がいい」
「お医者様には敵いませんわ」
「そりゃそうかもだけど、妾の執刀道具はメスじゃなくて鉈だからねェ。器用さは保証しないよ」
おどける。ナオミの弾ける笑い声が室内の空気を柔らかくしてくれた。
破片を拾い集め、卓に広げる。なるべく不吉を意識したくないので、同時にクッキーの皿も横に置いた。
硝子片を弄りながらつまむのはどうかと思うが、今日に限っては構わなかった。
ひとまず取り出した写真を見ながら、与謝野は、ほんの少し前、それこそ一週間以内位の最近に、六院と交した言葉を情景とともに思い返しはじめた。
それは、敦の入社試験の日で。
今思えば、あの会話の後に六院は接触されたのだ。そして行き場を変えた。
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リゼ(プロフ) - とても面白くて3週してしまいました(笑)作者様の思い描く物語がどう展開していくのか全く想像できないので、楽しく読ませてもらっております。いつも作者様のこの作品を心待ちにしています!!大変だとは思いますが、頑張ってください。応援しています!!! (2021年7月10日 11時) (レス) id: b15481d520 (このIDを非表示/違反報告)
夜(プロフ) - アバンギャルド・マボさん» わあああ!!お久しぶりです覚えててくれたんですね!!!(´;ω;`) がんばりますーーー! (2021年6月10日 22時) (レス) id: d65e81f2c3 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - わぁあ待ってました!!再連載ありがとうございます!! (2021年6月10日 17時) (レス) id: 253e5eff26 (このIDを非表示/違反報告)
夜(プロフ) - ういろうさん» ありがとうございます、遅くなっちゃいましたね。できる範囲で進めていこうと思います。コメントありがとうございました。 (2021年6月10日 2時) (レス) id: 2f72b0193e (このIDを非表示/違反報告)
ういろう - とても面白いです!六院さんの破綻された性格がすごく好きです!!続きも気になりますがあまり無理しないでくださいね!応援しています! (2020年1月9日 0時) (レス) id: 03bfdf54f9 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:夜 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/Drastic1/
作成日時:2018年3月28日 22時