『あの日、首領執務室の盤上で』八 ページ17
でも一方で。
俗世との結びつきが薄いのか、根無し草のような生き方の所為か、六院が何処かに長く身を置き続けるのは想像が付かなかった。
本人も長居など好まないはずだ。
ただそこに存在して呼吸している方が楽だ、と笑いながら言っていた事があった。風向きが変われば向く方向も違ってしまう浮き草。煙草の煙と同じだ。
彼のそのスタンスだけは、屹度今でも変わっていない。
「話はそれだけ」
片目を閉じて、人差し指を唇に当てた。
六院は言いたいだけ言って身を翻す。黒く染まった外套が風を孕んで揺れた。細い肢体だった。左腕で腰の辺りに触れ、広津を振り返らず去っていく。
「黙っててよ広津さん」
背中が告げた。
「貴方はポートマフィアの歴史を知ってる。その内の一つとして、ただ憶えていて。僕が報われるとしたら、それだけ」
じゃあね、の挨拶はなかった。風が通り過ぎるように六院は去っていった。用事とやらを終わらせに行くのだろう。
広津の方は彼に付き合って残っただけで、別口の仕事などない。ここで少々暇を潰してから帰るつもりだ。
立ち去る背を見つめる。
「肝心の太宰君には全て黙っている、と。そういう所がまさに君らしい」
これが優しさなのだと広津は分かっていた。何だかんだ、分かり合っていた二人だった。
片方が組織を出た時、引き裂かれたのかと思った。
その解釈も、ある意味正しかったのだろう。
首領の目論見。
全てが組織の為で完結するポートマフィアの長の思考は、確かに合理的で無駄がない。
だけれど、彼らの処遇については損失だったのではないか。
六院が消えて暫く。
反動的に首領の背信者が微増した時期、太宰が代わりとして名乗りをあげるように、それらを粛清しきった。
その破竹の勢いで立てられた功の為か、暫くすれば六院が存在した頃までと同じレベルの防諜体制が戻り。
その矢先に今度は太宰が居なくなった。
消息を途絶えた報せを聞いた時、嗚呼、片割れの側に行ったのだな、などと夢想したものだ。
いずれも遠い過去の話。
だが、今。
─── 片割れは再び戻ってきた。他方を再び独り遺して。
難儀なものだな、と広津は思う。
悪の世界から姿を消し、善の世界に往っても、棲む世界に迷うように姿を隠す。
煙草を取り出し、咥えた。くゆる白煙が空に上がっていく。
見上げて初めて、いつの間にか横浜に夜が訪れていたと知った。
【番外編/黒の日常と喧騒】→←『あの日、首領執務室の盤上で』七
221人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「文豪ストレイドッグス」関連の作品
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
リゼ(プロフ) - とても面白くて3週してしまいました(笑)作者様の思い描く物語がどう展開していくのか全く想像できないので、楽しく読ませてもらっております。いつも作者様のこの作品を心待ちにしています!!大変だとは思いますが、頑張ってください。応援しています!!! (2021年7月10日 11時) (レス) id: b15481d520 (このIDを非表示/違反報告)
夜(プロフ) - アバンギャルド・マボさん» わあああ!!お久しぶりです覚えててくれたんですね!!!(´;ω;`) がんばりますーーー! (2021年6月10日 22時) (レス) id: d65e81f2c3 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - わぁあ待ってました!!再連載ありがとうございます!! (2021年6月10日 17時) (レス) id: 253e5eff26 (このIDを非表示/違反報告)
夜(プロフ) - ういろうさん» ありがとうございます、遅くなっちゃいましたね。できる範囲で進めていこうと思います。コメントありがとうございました。 (2021年6月10日 2時) (レス) id: 2f72b0193e (このIDを非表示/違反報告)
ういろう - とても面白いです!六院さんの破綻された性格がすごく好きです!!続きも気になりますがあまり無理しないでくださいね!応援しています! (2020年1月9日 0時) (レス) id: 03bfdf54f9 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:夜 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/Drastic1/
作成日時:2018年3月28日 22時