愛の数だけコウフクな嘘を【中原中也】【太宰治】

コウフクな嘘 18 ページ19

「っ…、」



とん、軽く身体を押され、中也は止まった


ぎゅっと瞑っていた紅色の目が開かれ、戸惑うように此方を見つめる





(嗚呼、俺はー…)





そこで気づいた


自分が取り替えしのつかない事をしたことに


Aは何か言いたげにはくはくと口を動かしている


その表情はー…悲しげに、苦しげに、歪められていて






(失望、された、嫌われた)


認めたくない事実が、嫌でも表情から読み取れる


心中を居心地の悪さが巡る中、それでもAを諦めきれない自分の気持ちがあった


(嫌われたんだ、だったら、いっそのことー…)








突然、伸びた手に押し倒された


「きゃっ…！？」


背中に冷たい硝子の温度が伝わり、衝撃にゴンドラはキィキィと揺れる


恐る恐る目を開けると、冷たく、妖艶な色を讃えた蒼い瞳がAを見下ろしていた


驚きと恐怖に何も言えないAに、中也は怪しい笑みを浮かべる



「なんだ？どうした…？信じられない様な顔して

手前ェと観覧車に乗ったの、これが目的だったんだぜ」



くつりと喉の奥で笑うと、中也はAのワンピースから剥き出しの肩をするりと撫でた


その手つきに身体をビクリと震わせると、中也は愉快げに目を細めた



「イイ反応だな…今迄の女達とどっちがいいか」



そう言うと、Aの目が驚きで見開かれた


「中原…さん？」


揺れる紅色の瞳に、心が酷く軋んで痛む、傷む


(もっと、もっと…俺を嫌え)


(そうじゃないと俺はー…)





(手前を諦められねェ)





「マフィアの五大幹部っつー名前だけでヒョイヒョイ女は寄ってきやがる…、

手前ェもそのうちの一人だと思ったんだがな」



違う、確かに女は寄ってくる


俺の地位と権力と、金を目当てにして


俺はそんな女共が嫌いだった


相手にしたことなんて、1度もない



違う、手前は彼奴等とは違う


俺の地位も権力も、金も、見てない


手前は、俺の"心"を見てる



(嫌ってくれ、Aー…)


心の中で懇願しながら、顔に偽りの仮面を貼り付ける




「まァ…気が乗らねェならその気にさせるだけだな…」




Aに顔を寄せて、するりと太腿に手を這わせ、Aの表情を伺う




「っ…、…、ひっ、…」




Aは静かに、声を押し殺して、


泣いていた

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