愛の数だけコウフクな嘘を【中原中也】【太宰治】

コウフクな嘘 15 ページ16

「中原さん、ご馳走さまです！」


店を出るなり、手を合わせてにっと笑うAに、中也は眉間をぴくぴくと動かす


「遠慮すんなとは言ったけど…まさか高いもんばっか頼むとはな…」


軽く頭を押さえると中也はふぅ、と小さくため息をついて「ー…で、」


「これからどうするか」


中也の問に、Aは考える


そうして思いついたように目を輝かせた


「そうだ、美術館！美術館行きましょう！」


そんなAに中也は目を丸くする


「手前…美術館行きたがるのか、なんか意外だな」


「意外って…心外です」


ぷいっと顔を逸らすと、中也は眉を下げて微笑んだ


「悪かったよ、行こうぜ、美術館」


不意に手を握られ、顔を覗き込まれた


大きな手と、大好きな蒼い瞳に見つめられ、鼓動がとくん…と高鳴る


(中原さんの瞳…綺麗だなぁ)


ぼうっと中也の瞳を見つめていると、中也はふいっと顔を逸らした



「っ…なに呆けた顔してんだ、ほら、行くぞ」



ぐいっと手を引かれ、Aは歩き出す


帽子の下から覗く耳が真っ赤になっているのを見つけ、Aは目を見張った


(…前より、距離、近くなってる気がする)


態度も、言葉も、以前の職場とは全く違う



(期待しても…、いいのかな)



伝わりますように、伝わりませんように


矛盾したもどかしい想いを込めて、Aは中也の手を握り返した






不意に力の込められた小さな手に、中也は肩を揺らす


チラリと振り返ると、Aは赤くなった顔を下に向けて後ろを歩いていた


その姿に、中也の胸はとくとくと鳴る


(…なんでそんな事するんだよ、


期待、しちまうだろ…)


どうしても、どうしても、態度に、言葉に、表情に、期待してしまう自分は馬鹿だろうか




(…諦められない、矢っ張り、諦めない)




世界にたった、1人だけだ


こんなに俺を戸惑わせて、俺の心の中まで入りこんでくるやつ




(ー…好きだ、A)




中也は心の中で小さく呟いて、小さな手をぎゅうっと握った

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