【文スト】伝え愛【中原中也】

伝え愛 5 ページ5

風が頬を撫でた


ドアが開いたのだろう


(昨日の人？)


Aは胸を高鳴らせながら、その人を待つ


寝台の横に腰を下ろす気配がした


そして、鼻に入ってくる、硝煙の匂いのしない、血腥くない、その人の自然な香り


心地よい香りに、また鼓動がとくん、と音を立てる


(あなたの事が知りたい)


そう思ったところで、頬を昨日の様につつかれ、つい頬を動かしてしまう


立ち上がった気配がしたと思えば、鼻をむぎゅっと摘まれる


(痛い！)


案外、予想していたよりも力が強くて、Aは痛さに顔を歪める


しかし、こういうことをする辺り、矢張り大人でないように思えて、Aは嬉しくなった


今度は、耳元に息が吹きかけられる


(擽ったい！)


Aは擽ったさに身を捩らせる


頬を緩めれば、急に手が握られた


突然のことで、驚いたが、その手の温かさに安堵する


(……温かい)


Aより少し大きい手


Aは、その手の温かさに、涙が出そうになった


しかし、まだ少し勇気が無くて、その手を握り返すことが出来なかった






どれ位の時間が経ったのだろうか


Aにとっては、短くも、長くも感じられた


不意に手が離され、Aは名残惜しさに、眉を下げる


その表情に気づいたのか、その人は、Aの頭をぽんぽんと手を乗せた


たったそれだけの事なのに、Aの心臓は跳ねる


そうして、その人が遠ざかる気配がして、風がさっきよりも優しく頬を撫でた


もう、その人の香りはしなかった


でも、握られた手の温度と、感触は今でも残っている


Aの心の中には、ポートマフィアに来て初めての、温かな、確かな感情が生まれていた


(あなたの、声が聴きたい)


自分の耳が、動くのがわかった


ぱたん、


ドアの閉まる音


それから、遠くで囀る、小鳥の鳴き声


(嗚呼、私の世界に音が戻ってきた)


「世界は、こんなに静かだったんだね」


聴覚を断固拒否してから、話さなかった、自分の声


久しく聞く、その声は、小さく、掠れ、震えていた


固く閉じた瞳から、涙が1粒、ぽろりと零れた

伝え愛 6→←伝え愛 4

• 金　運: ★☆☆☆☆
• 恋愛運: ★★★☆☆
• 健康運: ★★★★★
• 全体運: ★★★☆☆

ラッキーカラー

あずきいろ

おみくじ

おみくじ結果は「末凶」でした！

ラッキーキャラクター

樋口一葉

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す