悪魔は善良【そこにはもう誰もいない】

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うとうとと最後の晩なのに眠っていたため、どれくらい時間が経ったかは分からなかったが、相当時間が経っていたようだ。

もう父上もおらず、ムルードスもいなくなっていた。

真っ暗の中だったため、ほとんど周りが見えない。けれど、それがどう自分の身体に影響を受けるかは推測できない。


これがもう最後の夜なんだな。もう父上には会えないのかな？ 母上にも……。

絶望しか感じない中で、次の瞬間ぱあっと白い光が壁の隙間から差し込んできた。何かがはい出る大きな音とともに壁が崩され、そこに現れたのは大きな百足(むかで)。

体調は６メートルくらいありそうな巨大な身体がこちらに気づいたのか、突進してきたのだ。毛むくじゃらの百足はさかさかと足を動かして、気味悪くこちらへと向かってくる。


このままじゃダメだ。
百足に殺されて終わりじゃないか。


鳴き声を上げていると、1人の女性の声が響く。甲高い声で唱えた呪文により、百足はカチコチに凍りついた。

百足の上にいた女性はピンクの金魚の浴衣を着こなし、赤い花びら模様の帯をひらひらとなびかせていた。右手には氷の塊が少し残っていたが、彼女はそれをささっと振り払う。


「危ないところだったわね、クロノ。あなたが死んでしまったら、本当に台無しなのに」

彼女は百足から降りて、縄が結んである金具の方へと歩みながら言った。彼女は俺が追放だというのもお構い無しに縄を全て解いてくれた。

このピンク色の髪に黒い毛皮で覆われている彼女は俺の母であるミールだ(女性の場合は角がないのだが)。

そしてこの魔界においての女王様である。

「母上、なぜ私を解放したのですか？」

母上にそう尋ねたのだが、それに答えることはなかった。一生教えてもらえないのだろう。


「そんなことよりも、短刀を返してちょうだい。あれがないと困るのよ」

「あ、あれは……」

Aに貸したのを思いだし急いで否定すると、母上はため息をついて右頬に手をつけた。これは彼女が考えている時によく行う行為である。その手が外れると、腰につけていたオレンジの袋を俺に渡してきた。

「いい、クロノ。これは魔界にとって大事な宝物だ。これをあなたに渡すわ。また、悪党が盗もうとするかわからないからね」

母上は小さな声で、ささやかながら俺に言い聞かせた。中身を見ると、3本の短刀が入っており全て貴重である。

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