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永遠に忘れることはないだろう。
Aが夕立を狐の嫁入りと言い表すのだと嬉々として語った次の日に、Aが声をあげて泣いた、あの日のことを。
決壊したのだと思った。
子どもだった。そうだ、子どもだ。
俺たちはまだ子どもだった。
その日も雨だった。
いつも通り玄関で靴を脱ぐ、という動作に至らないAの様子を見て駆け寄った。ジニヒョンもナムジュニヒョンもいなかったから、俺が。
下を向いて長い前髪で表情を隠したまま、黙っていた。どうした、と声をかけてもそのままでいた。
痺れを切らして無理やり顔を上げさせた。両手で頬を挟み込んで、前を向かせた。目が合う。
ガラス玉が揺らいだ。
優しい目が絶望に歪んでいた。
ガラス玉が弾ける。
感情の決壊する様は、抑圧して来た彼の子供の部分が溢れ出て行くようだった。
「A、」
「ぐが、好きだよ……」
「……は?」
「好きだよ、離れたくない、ここにいたい……」
自分を吊っていた糸が切れたかのようにAは体勢を崩して俺にもたれかかる。
凍てついた体のなんと冷たいことだろう。
口から漏れる僅かな吐息だけが熱を持っていて、生きているのだと伝えてくる。
「おこがましいなんてわかってるよ……不釣り合いだって……僕なんて、邪魔だって、僕がいないほうが……」Aの独り言が日本語になって、俺の理解の範疇をすり抜ける。「それでも、もう……離れるなんていやだ……」
「何が、あったんだよ。A……」
抱き締めても、俺の体温を全て奪わせるようにしても、あったまらない。
夏の暮れ。氷が腕の中で、溶けない。
◇
大して広くないシャワー室にそれなりの身長の男二人が詰まると狭苦しい。
自我が崩壊したかのような様子を心配して、とりあえず風邪だけは引かせるなと思いシャワー室にぶち込んだ。
放心状態のAは服を脱ぐのも一苦労だった。体を見られるのを嫌がっていたのを思い出し、視線を外しながら脱がすのを手伝い、今に至る。
白い肌がお湯で桃色になり、人間的な様子を取り戻していく。
「……大丈夫?」Aと話す時に難しい言葉は使わない、癖がついていた。
「……ん……あったかい」
湯船にお湯を張って浸からせると、ようやく安心できたらしい。いつもの物憂げな顔に戻った。
ちなみに俺は元から短パンだったので、服は着たままシャワー室でAの面倒をみている。
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触 - 性被害後の処理の方向が驚きでした。完結までもっていってくださりありがとうございます。お疲れ様でした。 (2021年8月5日 3時) (レス) id: 95434f44d3 (このIDを非表示/違反報告)
ぼく(プロフ) - 虞犯少年さん» リクエストさせて頂けて光栄です、新しい作品の方も毎日毎分まだかまだかと更新楽しみにしております(笑) (2019年1月3日 16時) (レス) id: a099ebec59 (このIDを非表示/違反報告)
虞犯少年(プロフ) - 猫わかめさん» そんな素敵な言葉をいただける作品を書けたことを嬉しく思います。読んで下さりありがとうございました。 (2019年1月3日 14時) (レス) id: 3f60c9b07f (このIDを非表示/違反報告)
猫わかめ - 感動しました。次へ、次へと、手が止まりませんでした。素敵な小説をありがとう。そして、完結お疲れ様でした (2018年12月31日 17時) (レス) id: abf16c0298 (このIDを非表示/違反報告)
虞犯少年(プロフ) - ぼくさん» ありがとうございます。まさにそう思われる作品を目指していたので、本当に嬉しいお言葉です。いいですね、短編でやってみたいです。 (2018年12月29日 14時) (レス) id: 3f60c9b07f (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:虞犯少年 | 作成日時:2017年10月7日 22時