参百拾捌 ページ45
「……此処は?」
大通りを一本外れ、賑やかさとは離れた上品な雰囲気を醸す平屋の建物。一見さんお断り、と見る人に思わせる重厚な構えの前で泉はポツリと問い掛ける。
――今朝以来、夏也に連れられて最初に向かったのは泉気に入りの橘堂。今日一日遠慮無用、と朗らかに言い切られ、反論する間もなく一級品の豆腐料理が並べられた。
朝食からそれなりに時間が立っていたのに加え、見た目にそぐわない大食漢である泉はともかく、夏也もそれなりに食していたのには密かに驚いていた。
その後もフラフラと街を散策し、移動式クレープ屋、餡蜜、中華まんに胡麻団子などなど食べ歩きを楽しんでいたのだ。
そしてそろそろお腹いっぱい、というタイミングで夏也に案内されたのが今目の前にある店である。
「俺が懇意にしてる呉服屋さん」
「……何故?」
サラッと答えられても夏也の意図などさっぱり分からない。優しさしか見えない笑みを向けられたって読み取れるのは彼の機嫌が良い事だけだ。
「入れば分かるよ。……こんにちは、平賀でーす!」
夏也から見て見れば泉は混乱と不安を混ぜたような顔してる。何の説明もなく連れ歩けば当然だと彼自身自覚していた。
けれど、まあ。無表情に戸惑ってる様が年相応に見えて可愛らしいな、なんて思ったり。
ふふ、と笑声を零し、泉の背を押す様にして夏也は戸を潜る。
ふわり、香る香は花の匂いだろう。鼻孔を擽る馴染みのある芳香に泉の表情が緩む。それを診た夏也にも自然と笑みが浮かんでいた。
「いらっしゃい。ご機嫌ね、ひーちゃん。可愛い女の子連れてどうしたのかしら?」
店の奥から聞こえる伸びのある柔らかな声。嗄れているが、聞きやすい声調はなんだか聞き慣れない呼称が混ざっている気がする。
けれど泉が疑問を挟む前に夏也が応戦した。
「お邪魔します。先日お願いした件ですよ! ちゃんと女物で注文しましたよね……?」
「そうだったかい? ひーちゃんは何方の注文もくれたからねぇ、ばばあには見分けが付かんよ」
「昔の話ですぅ!」
「良いのが手に入ったんだ、今度仕立ててあげようかい?」
「男物で仕立てくれます?」
「無理な相談だよ」
「ほらぁ、そうなるっ!」
「ひーちゃんは可愛いからねぇ」
カラコロと老婆が笑う。会話から察するに昔馴染みなのだろう、と泉は思う。けれど今此処に自分が連れて来られたのかが余計に分からない。無意識に夏也の服の裾を掴んでいた手にギュッと力が入っていた。
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みゃあ(プロフ) - 狐猫音。さん» 度々のコメントありがとうございます!少しでも楽しんで頂けたのなら作者冥利に尽きます。お言葉の一つ一つが物凄く嬉しいです。読んで頂き、ありがとうございます。 (2018年12月26日 14時) (レス) id: 9721615f06 (このIDを非表示/違反報告)
狐猫音。(プロフ) - 限定公開……!クリスマスは楽しいですね。番外編という最高のクリスマスプレゼントをありがとうございます。とても楽しんで読むことができました。これからも更新頑張ってください。 (2018年12月26日 12時) (レス) id: 1402817ddd (このIDを非表示/違反報告)
みゃあ(プロフ) - myuさん» 有り難いお言葉です……!展開に自信なかったので少し安心しました!更新頑張ります。 (2018年11月4日 11時) (レス) id: 9721615f06 (このIDを非表示/違反報告)
myu - とっても面白い作品です。更新頑張ってください (2018年11月3日 16時) (レス) id: fe06e07095 (このIDを非表示/違反報告)
みゃあ(プロフ) - ЯRさん» コメントありがとございます!そう言って頂けてとても嬉しいです。ありがとうございます! (2018年8月8日 15時) (レス) id: 9721615f06 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:みゃあ | 作成日時:2018年4月30日 21時