弐百玖拾壱 ページ17
「……龍。頼んだよ」
細く、消え入るような声だった。会話と僅かな呼気の隙間を縫って芥川に届いたのはそんな絶妙な機を見ての言葉。
この人のこんな声も、こんな穏やかな微笑みも見た事がない。
けど、似た状況ならば嫌という程知っていた。死ぬ確率が非常に高い任務の際に、よく部下が見せる全てを受け入れた表情。
Aさん、と簡単に毀損出来てしまう薄い肩を掴んで真意を問い質したい衝動に芥川は駆られる。
一瞬だけ、夏也がクスリと笑った気がした。スルッと手元から何かが落ちている嫌な感覚。発そうとした声は至っていつも通りの明るい、此方の不安を除く夏也の「さて、と」に封じられてしまった。
「あとは任せてよ。出来る限り手は尽くす。君等は逃げる事だけに集中すれば良い。巻き込まれないでね」
「けど、鏡花ちゃんが！」
「大丈夫。君は自分が生き延びる事を考えて」
メインコンソールの前まで進み、夏也は無邪気な笑みで振り返った。有無を云わさぬ鉄壁の笑み。見てると何故か無条件で云う事を聞いてしまう。
「ほら、行った行った。……メルヴィルさん、」
「皆まで云うな、黒蝶。約束は違えない」
「ありがとうございます」
ニコッと思わず見惚れてしまう美麗な表情を惜しげもなく晒し、夏也は礼を述べた。メルヴィルはそれを見る事なく視線を逃がす。彼のこの笑みは直視してはいけないと、身を持って知っていたから。
「……っ、ご武運を！」
硬直の取れた芥川が中島の襟首を掴んで告げる。夏也の事も気掛かりだが、今この場に留まれば全員海の藻屑と化す事も理解していた。彼に策があるのなら、自分達が居ても仕方が無い。逃げる事に集中しろ、そう夏也は云った。ならばそうするのが正しい。
「放せっ！」
掴んだ中島が我に返った様に暴れるが、 異能を使ってでも無理矢理でも引き摺っていく。
嘗ての上司が何を企んでいるのか、分かりたくない策の邪魔にならないように。
◆
「……さぁて、と」
目の前に迫るのは泉が操縦した無人機。視界一杯に広がる航空機は速度を落とす事なく向かって来る。
このまま行けば夏也の居る操舵室に直撃し、両名無事で済まない事は目に見えている。
しかし、夏也には鏡花を死なせる心算など端からない。太宰の策の終着点が分かる以上、あまり余計な手出しはしたくないのだが、生存率を上げる為の必要な処置だと思って欲しい。
「――生きるか死ぬか」
たまには自分の悪運を試すのも、悪くない。
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みゃあ(プロフ) - 狐猫音。さん» 度々のコメントありがとうございます！少しでも楽しんで頂けたのなら作者冥利に尽きます。お言葉の一つ一つが物凄く嬉しいです。読んで頂き、ありがとうございます。 (2018年12月26日 14時) (
レス) id: 9721615f06 (このIDを非表示/違反報告)
狐猫音。(プロフ) - 限定公開……！クリスマスは楽しいですね。番外編という最高のクリスマスプレゼントをありがとうございます。とても楽しんで読むことができました。これからも更新頑張ってください。 (2018年12月26日 12時) (レス) id: 1402817ddd (このIDを非表示/違反報告)
みゃあ(プロフ) - myuさん» 有り難いお言葉です……！展開に自信なかったので少し安心しました！更新頑張ります。 (2018年11月4日 11時) (レス) id: 9721615f06 (このIDを非表示/違反報告)
myu - とっても面白い作品です。更新頑張ってください (2018年11月3日 16時) (レス) id: fe06e07095 (このIDを非表示/違反報告)
みゃあ(プロフ) - ЯRさん» コメントありがとございます！そう言って頂けてとても嬉しいです。ありがとうございます！ (2018年8月8日 15時) (レス) id: 9721615f06 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：みゃあ | 作成日時：2018年4月30日 21時
