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弐百捌拾捌 ページ14

部屋を出て、曲がりなりにも技術者の勘を頼りにふらりふらりと歩を進める。退室間際、辛うじて覚えていた差入れの水は有難く頂戴した。ついでに頭に掛けたため、現在夏也の茶髪からはぽたぽたと水滴が落ちていた。

少しはすっきりした意識を携えて、壁に半ば寄り掛かるようにして夏也は目的地――操舵室を目指す。

夏也が歩いた道に疎らに落ちる赤い斑点が、彼の状態を雄弁に語っているだろう。実際、常人であれば狂いそうな激痛が手を変え品を変え襲っている筈だ。

けど、夏也は疲労は滲ませるものの痛みは一切表情に出ていなかった。繰り返すようだが、痛みは想像を絶する。しかし、夏也の脳はそれを違和感や痺れとして処理してしまう。それは、今もそうであった。

足を動かす度に走る痺れの度合い、壁に付いた手から消えてく感覚の密度、呼吸の際の支え、脈拍、出血量――検査機を使わずとも分かるものから総合して冷静に自身の限界を見極める。


「……何してんだろ」


『“成りたいモノと向いてるモノが違う時人は如何すればいい?” 生き方の正解を知りたくて誰もが闘っている。

何を求め闘う? 如何やって生きる?

答えは誰も教えてくれない。我々にあるのは迷う権利だけだ。溝底を宛もなく疾走る、土塗れの迷い犬達(ストレイドッグス)のように』


「……随分とまぁ、」


人間味を帯びた事で、なんて皮肉気な言葉は呑み込んだ。ちらちらと過る彼の人の影、それを受けて苦悩したであろう太宰の地下生活が夏也には見えた気がした。

神とさえ称され、縦横無尽に裏社会を切り裂いていた最年少幹部は表で爪を隠す事を覚えた。能ある鷹は爪を隠す、とはよく云ったものである。

これを成長と呼べば良いのかは、夏也にはわからないけど。けど、それ以上に心地良いと感じた筈の彼の声を聞きたくなくて。

スッと身に付いた静けさで短刀を抜き取り、耳に当てていた機器を叩き割った。どうせあとは地上の関与出来ない空中だけの出来事になるだろうから。

カラン、と乾いた音を背に受けた。何の感慨もなく先を急ぎ、慣れた手付きで短刀を戻す。廊下を足早に進めば、覚えのある人の気配。


「黒蝶」

「メルヴィルさん」

「無事で何よりだ。……何をする気かね?」


探る声に、夏也は蒼白い頬を引いて普段通りに笑う。


「貴方との約束を果たそうかと思いまして。操舵室まで案内お願いしても?」


フラフラと覚束無い、時折傾ぐ身体を支えてメルヴィルは応じた。


「勿論じゃ」

弐百捌拾玖→←弐百捌拾漆



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みゃあ(プロフ) - 狐猫音。さん» 度々のコメントありがとうございます!少しでも楽しんで頂けたのなら作者冥利に尽きます。お言葉の一つ一つが物凄く嬉しいです。読んで頂き、ありがとうございます。 (2018年12月26日 14時) (レス) id: 9721615f06 (このIDを非表示/違反報告)
狐猫音。(プロフ) - 限定公開……!クリスマスは楽しいですね。番外編という最高のクリスマスプレゼントをありがとうございます。とても楽しんで読むことができました。これからも更新頑張ってください。 (2018年12月26日 12時) (レス) id: 1402817ddd (このIDを非表示/違反報告)
みゃあ(プロフ) - myuさん» 有り難いお言葉です……!展開に自信なかったので少し安心しました!更新頑張ります。 (2018年11月4日 11時) (レス) id: 9721615f06 (このIDを非表示/違反報告)
myu - とっても面白い作品です。更新頑張ってください (2018年11月3日 16時) (レス) id: fe06e07095 (このIDを非表示/違反報告)
みゃあ(プロフ) - ЯRさん» コメントありがとございます!そう言って頂けてとても嬉しいです。ありがとうございます! (2018年8月8日 15時) (レス) id: 9721615f06 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:みゃあ | 作成日時:2018年4月30日 21時

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