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「で、話ってなんだよ」
夜になり、連行されるような勢いで平賀邸に連れ込まれもうすぐ七ヶ月目を迎える妊婦とは思えない動作の茜に流されて現在。
宣言通り大根のオンパレードな茜の料理を、仕事の一段落した竜一とテンション高めの茜の夫婦漫才をBGMに堪能。
因みに小笠原の云ったサラダは大量に作られ、その八割を竜一が食べる、という三人の間には慣れた光景もあった。
そんな訳で大根料理をツマミに盃を傾けていたが、そういえばと云った風体で小笠原が本題を口にした。
途端リビングに降るのは無音が痛い程の沈黙。時計の秒針の音すらしない。そもそもこの家に小細工可能な時計――その最たるアナログ時計など存在しないのだが。
夫婦が顔を見合わせて互いに小さく頷きあう。どこか不釣り合いな程晴れやかな笑みを湛えて口火を切ったのは当然、茜だった。
「実はね――」
ギュッと猪口を持つ手に力が入る。
「子供の名前、決まったの!」
「は、」
はあァァあ!? 、と重苦しい空気を引き裂く絶叫。外聞もなく叫んだ小笠原の顔に浮かぶのは驚きと安堵が大半を占め、残りの数割に怒りやら戸惑いやらの感情が含まれている。
夕方、茜から「話がある」と告げられた時。小笠原が考えたのは夫婦揃ってマフィアを抜ける事だ。この二人の事だから小笠原の手助け等不要なのは知っているが、裏社会の人間とは思えない程義理固く、筋を通す性格の持ち主である。
足抜けするなら喩え不要と云われても全力で手を貸すし、なんなら海外に一時避難させるくらいの工作はする心算でいた。
小笠原の迷惑になりたくないから早々に自分を切ってくれ、とは既に茜から打診があった。前回は取り付く島どころか小枝一本でさえ流さない対応をとったが、また同じ事云われたらどうしよう、とか。
この話を聞くまでの小笠原は表面上は淡々と仕事を熟し、至って平常運転、一分の隙もないポートマフィア五大幹部だった。けれど内心はそんな穏やかさからは全速力で遠ざかっていた。
色んな可能性が浮かんでは積み重なり、ジェンガの様になっていく。ただ共通していたのはこの二人と子供を見捨てる気が更々無かった事。
しかし、いざ腹を括って蓋を開けてみればどうだ。ただの、いやかなり幸せな話ではないか。散々考え込んでいた自分は何だったんだ畜生所で名前何。
……なんて吹き荒れる文言を全て叫びに混ぜたのだから逆に褒めてほしいくらいだ、と一寸冷静になった小笠原は溜息と共に吐き出した。
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作者名:みゃあ | 作成日時:2018年1月15日 21時