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その噂を聞いたのは、奇しくも北方への出張から帰ってきて直ぐの事だった。
◆
「……善平、か？ お帰り、そんなに急いでどうかしたのか」
バンッ、と常にない大音を立てて扉を叩き開ける。
直属の部下達が書類仕事に勤しんでいたのだが、幹部の帰還とその荒々しさに若干一名を覗いて見事に静止していた。
緊迫した表情の面々を端から見ていき、全員の顔を確認した所で漸く小笠原は気に掛けていた事を声に出した。
「……身籠った、ってマジな話だッたンか」
そう、それは大事な部下が自分の出張中に懐妊したと云い話で。
紅一点、まで誇張する気は無いが、どうしてもむさ苦しくなる男所帯のポートマフィアでは女性構成員は少ない。その一人が配属されているのが、小笠原の配下で。
相手は何処の誰だ、外部の人間ならまず素性洗って……なんて殺伐とした事は思わない。なんせ彼女の相手は分かりきっているのだから。
だから、小笠原が慌ただしい理由はただ一つ。
部下の慶事を当日に祝えなかった事。
糞ッ、もっと早く終わらせりャ良かッた。なんて悔いても後の祭り。
自分が五大幹部になる前からの部下だ、多少贔屓にもしてしまう。
あー、と思考の渦に嵌っていた小笠原を掬い上げたのは最初に声を掛けてきた、黒服の男。
「大マジだ。そんな驚く事か」
「驚くだろ、普通。つか、なんでそんな目出度い時にお前は黙々と仕事してンだよ！ それにもビビったわ！ いっそもう長期休暇取ッちまえ‼」
「そう云われても。出勤日だから、としか」
「突発でも良いから有給使え、この馬鹿‼」
どうせ余ってンだろ、と勢い込んで怒鳴れば、淡々とした口調の男がムッと眉を顰めた。
大方、「そんな無責任な事出来るか」とか「仮にも年上に馬鹿はないだろう」とかが云いたいのだろう。
しかし、今の時期は繁忙期を抜けた束の間の安寧が横たわっている。彼――平賀 竜一の事だから溜め込んだ報告書も仕事も無いのは、それなりに長い間上司である自分は把握してるのだ。
「……まあ、聞け、善平。俺とて今の時期ならそばに居てやれる、と思ったんだ。でもな、茜に告げたら怒られた」
「……は、？ 怒られた？ 茜に？」
茜、とは竜一の嫁で件の小笠原の部下である。が、小柄で温厚な彼女を知ってるが為に、怒る様が想像出来ない。
何をしたンだ、と無言で促せば溜息と共に返事は返ってきた。
「『善平の補佐が仕事なんだから、ちゃんとそばに居なさい』と」
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作者名：みゃあ | 作成日時：2018年1月15日 21時
