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それは珍しく横浜の地が白く染められた日であった。
平素は赤だの黒だの見ても楽しみの欠片もない裏社会も不相応な白さをみせ、全ての音を吸い込む代わりに犯行は隠せないようなそんな夜。
しんしんと降り積もり、白に白銀に色を変えていく。はらはら舞う結晶は触れたら直ぐに消えてしまう。
こんな風情のある日には自宅のベランダなり窓辺なりで雪見酒と洒落込みたい――と普段なら思うのだが。酒が呑める大体的な理由があるなら呑まない理由がない、のだが。
「……やッべェな、この緊張感」
ポツリ、言葉を溢す小笠原が視線を落とすのは白の重なる路面……ではなく薄暗いリノリウムの床。
外の静まりに呼応して静寂を色濃くする病院の廊下には長椅子に座る男達がそれぞれの面持ちでただ“その時"を待っていた。
「なんで小笠原君が緊張してるんです」
小笠原の右隣、余裕綽々な面で足を組むのは森。クスクスと笑う様子は一区画だけ別次元のように和やかだ。
「するだろ。しなきャやべェよ。つか、なんで俺呼ばれてンの? えっ、もう其処からなんだけど」
「少し落ち着いたらどうです? 見てるのは面白いですけど」
「うるせェ……。面白がッてンじゃねぇよ。手前は冷静すぎだろ」
「専門は違えど私とて医者の端くれですから」
「あー……。基本動じない自信はあッたんだけどな。これは無理だわ。なンだこれ」
「意外性は抜群ですけどね。小笠原君なら内心のた打ち回ってるけど、平然としてるものかと」
「まァ確かに。けどよー茜だぜ? 大丈夫ッて理解しててもだなァ」
「はいはい」
「……で、なンで旦那は黙りこくってんだよ?」
適当に相槌を打ち始めた森に見切りをつけて、今度は左隣に座る竜一に話を振る。もうこの際説教でも良いから会話が欲しい。黙って待っているのは精神上宜しくない。
なんて思い、竜一の反応を窺っているとゆっくりと予想より蒼白な顔を持ち上げて、やたら据わった目で小笠原を見遣った。
「……善平」
「ン?」
「……俺とて緊張くらい持ち合わせている。何より茜だけじゃない、双子だって」
「ッたく……。心配ならもうちょい顔に出せよ」
「一番慌ただしい人が云いますか」
「鴎外ッ、手前だって――」
病院にも関わらず騒ぐ。森に絡もうとした小笠原を遮るかのように割り込んで来たのは絹を裂く泣き声。
何やかんや騒がしい男三人を余所に――――その夜二つの産声が院内に響いた。
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作者名:みゃあ | 作成日時:2018年1月15日 21時