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「……大丈夫か、善平。お前が叫ぶなんて珍しい事があるもんだ」
ダンッ、と机に突っ伏した小笠原の背を撫でながら酒盃を傾ける竜一。自分より年下だが、上司である彼を慰めつつ、大方原因は茜だろう、と隣で呑気に頭を掻く妻に視線を送った。
「お、思ったより良いリアクション。まぁ、善平の事だから悶々と考えちゃったんでしょ? ……馬鹿ね、今更アンタみたいな手の掛かる弟分置いて行く訳ないでしょ」
「茜。善平に思わせ振りな事を云ったろ」
「ありゃ、バレた。流石は竜君! だって善平ったら気ィ遣い過ぎて全然構ってくれないんだもん!」
ペロッと舌を出しそうな勢いで快活な笑みを浮かべるのは当然茜で。小笠原が茜達の事が分かるのと同じ様に、彼等に小笠原の事は手に取るように分かる。
小笠原が胸の奥に隠した気持ちだって、本人すら気付かない葛藤だって茜にはお見通し。だから、彼には少しずつ伝えないといけない。自分達は過保護に守られる程、ヤワじゃないと。……短的に云えば構え、と。
「それはまぁ、確かに」
「でしょ? 竜君だって飲み相手が居ないから必然的に禁酒コース、私も話し相手が居なくて暇人」
そしてそれは竜一も同じ思いだ。
最近仕事が少ない上に定時前に上れる事が多い為、小笠原と呑みに行く回数も激減してる。酒の好みが合い、兄弟宜しく絡んでる小笠原が不在ならば竜一とて酒場から足が遠退く。
小笠原とも、酒とも距離が開いていく。それを静観する程、竜一とて冷たくない。
「優しい優しい善平の部下で正直楽させて貰ってるけどさぁ。いい加減飽きるのよね、こーゆー生活」
「……悪いかよ。だッて其れ位しか俺には出来ねェ」
無茶させたくないって思うの、駄目か? なんて机から目線だけ上げて小笠原が顔色を伺ってくる。拗ねた声は確かに茜等を気遣ってくれてるのが分かる。嬉しいけど、そうじゃない。
「……何なンだ」
「えっ?」
不貞腐れた顔を隠しもせず、ボソリと呟く小笠原に苛め過ぎたかな、と茜は内心慌てる。可愛い弟分を構い倒すのが楽しくてつい度を越してしまうのが茜の悪癖。
てっきり抗議の声が上がるのかと思っていた茜は小笠原の問いを聞き、本題を思い出すのであった。
「だから子供の名前。何」
「夏の夜って書いて、男の子なら『なつや』。女の子なら『かや』」
素敵でしょ? 、と。
ふわり、顔を綻ばせる茜の顔付きが立派な“母親”に見えたのは小笠原と竜一の気のせいではないのだろう。
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作者名:みゃあ | 作成日時:2018年1月15日 21時