続き ページ35
「こんにちは、陽向さん」
「やぁ、翠君…あれ、この時間空きコマだっけ?」
あれから陽向さんとは何事もなく、俺は変わらず店に通った。
「休講になったんだ」
「そっか」
いつものカウンターに座ると、しばらくしてコーヒーがおかれる。
いつものようにゆっくりとした時が流れる。
「ねぇ、翠君」
「どうしたんだ?」
ふと、真剣な顔で名前を呼ばれて戸惑う。
俺を真っ直ぐに見つめる瞳には俺だけが写っている。
「君は、まだ普通を願っているのかい?」
「え?」
そういえば、そうだった。
俺は普通になりたくてここに来たんだ。
ここはあまりにも楽しくて、気持ちよくて忘れていた。
「そもそも『普通』とはなんだと思う?」
「それは…」
言葉に詰まった。
『俺』を否定される未来を予測して、無意識に縮こまる。
「世間一般の常識のこと?…『普通』なんて人それぞれだ」
そう言われてしまえば、何も言い返せない。
「君の言う『普通』は『みんなと同じ』ということだろ?」
震えた。
その通りだ。俺は、周囲と違うのが恥ずかしかった。
だから俺は『俺』である事を変えたかった。
「同じである必要なんてない。君は『君』だろう?」
何故この人はこんなに『俺』が分かるのだろう。
頬を伝ったものに気づいた俺は、慌てて顔を伏せた。
「泣かないで、君は『透明』なんかじゃない」
「なんで、知って…」
「ただのカンだけど…好きな子のことなんだから、少しは分かるよ」
………え?
今、なんだって?
「僕は翠君が好きだよ」
「陽向さん、?」
思わずドキッとした。
陽向さんの目を見るに聞き間違いではないようだ。
「俺、男…」
「関係ないさ、たまたまそうだっただけで…そんな理由じゃ諦められない」
そう言って、頭を撫でられる。
この人も、俺と同じ?
「ダメ、かな?」
「俺も、好き…だ」
気付いたらそんな言葉が出ていた。
口から出て初めて気づいた。
俺は、この人が好きだ。
「嬉しいっ、翠君」
陽向さんは、そう言って綺麗に笑った。
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作者名:黒洞揚羽 x他6人 | 作成日時:2020年11月29日 1時