慶荘 ページ29
小さい頃から耳が聞こえなかった私はいつも一人だった。
友達がなんて言ってるかもわからないし、ピアノやピアニカ、リコーダーなんてもってのほかで大嫌いだった。
でも慶荘のママは私にバイオリンを教えてくれた。
耳の聞こえない私の奏でる音はそれはそれは酷いものだっただろう。
だけど、ママはどんな音が出ようと拍手してくれて、“アンコール、アンコール”と笑ってくれた。
それが嬉しくて、耳が聞こえるようになったタイミングでバイオリンをリハビリに組み込んだ。
「...」
「五年前。施設の子供から電話がかかってきてな。
“ママが倒れてる、息してない”って言って。
...心臓発作だったんだ。」
先生の口から出てくる言葉があまりに残酷で、
落とした荷物を拾うなんて事を考えるより、天国に行ってしまったママを想うことしかできなかった。
「...」
「お前の親だったのか」
「...はい。大切な家族です」
ポンポン、と私の肩を叩いて元気付けようとしてくれる先生。
私はギュッと胸を締め付けられるような気分に下を向いた。
...クヨクヨしていられるか。
私はここで医者をやるって決めてたんだ。
上司が口うるさかろうが、変なところ抜けてようが、死ぬまでここで働いてやるんだ...！
いつまで経ってもこうやって勇気付けられてるようじゃ医者なんかやってられない。
私はママの恩に報いるような医者になってやる。
「っしゃあ！！！」
「うぉ、なんだよ？！」
「先生！サシ飲みいきましょう！
オンコールないですもんね？！」
「毎度お前は飲みすぎるからパス。」
「酔わないだけマシじゃないですか〜」
「財布事情を少しは考えろ」
「え？奢ろうとしてくれてたんですか？
ヤダー。先生ったら男前ー、」
「気にするのはお前の財布だろう？」
「あーもう大っ嫌い」
「...ったく、嘘だよ、嘘。どこいくか。」
「嘘？！いいんですか？！やったぁ！
うわぁやっぱり男前じゃないですかー惚れるわー。」
「棒読みにも程があるだろ」
「やだなぁ。本心ですよー。」
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作者名：長官 | 作成日時：2020年5月3日 17時
