頑張ってこい ページ14
風でフワッと髪が舞う。
シャンプーの香りがして、ふと彼女を見る。
僕の左側に立ったAは上ばかり見て僕には気づかなかった。
しかしプロペラの風が止むと、すぐにこっちを見る。
「っあ...」
「...」
目が合うと彼女は焦ったように髪を手櫛で戻し、すぐに病院内に戻って行こうとした。
「待って...！」
ぐいっと彼女の腕を掴むと、振り返った瞳はグラグラと揺れている。
舞い上がった彼女の髪の中には、
補聴器のようなものがあった___
走って病院内に逃げるように入って行ったA。
何を隠していたのか。
僕にはわかった気がした。
ペルソナの医局にある電子レンジを嫌ったのも、IH ヒーターを使わないのも、彼女の人工内耳の磁気が反応して雑音が入るからだ。
「どうした鴻鳥？」
「あ、いや。逃げられちゃいました。」
「セクハラでもしたのか」
「してないです！」
汗を拭った僕の肩を叩いたのは荻島先生だった。
「ありがとう。
お前がいなかったらかなり忙しかったよ。」
「いやいや、僕なんか全然力になれてないですよ...」
そう言って謙遜しながらも僕の表情の違いを見抜いたのか荻島先生は僕の顔を覗き込んだ。
「どうした？体調悪いか？」
「あ、いや実は...」
_____________________________
鴻鳥の話を聞いて三十分ほど経った。
給湯室でコーヒーでも入れようと、私服のまま医局に入ると、全員出払った医局のソファで無防備に寝る私服姿の鬼嶋が見えた。
顔は見えるが、表情はあまり読めない。
ここで寝るのだから相当疲れているか酒が回っていたのだろう。
コーヒーを片手に好奇心からか静かに少し近づいてみた。
寝息を立てて寝ている彼女の目の下は濃い隈で覆い尽くされていて、過酷な彼女の疲労度合いを表していた。
蹲み込んでそっと左手を伸ばす。
右耳にかかった髪を退かそうと少し顔に触れると、
寝ていたはずの鬼嶋はバチッと目を見開いた。
「うぉわッ」
バシッと音がする程勢いよく左手を掴まれると、ガチッと体が硬直するのを感じる。
まるで“触んじゃねぇよ”とガンを飛ばされているような気分。
「びっくりしたぁ...」
「案外大胆なんですね。
寝込みを襲おうって魂胆ですか」
「違う！...人聞き悪いなぁ」
「冗談ですよ。ふふ、で。なんですか？」
眠そうに顔を上げて笑う彼女は、さりげなく髪を俺の左手から遠ざけた。
「ごめんな、糸くずついてたから。」
「あらら...ありがとうございます、」
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作者名：長官 | 作成日時：2020年5月3日 17時
