よく泣く子 ページ13
「荻島先生、」
「鴻鳥、手元を見ろ」
赤ちゃんを保育器に入れ、無菌室に運んだ後、Aは振り返ってすぐに母体の安否を確認した。
鴻鳥はどうやら目をキョロキョロとさせているが、Aは冷静さを欠いてはいない。
出血が止まらないようだ。
「鴻鳥先生、変わります。」
「あぁ、はい」
Aは鴻鳥の位置に入ると、鴻鳥より強く子宮を圧迫した。
「出血はいくつ？」
「1000いきます」
「1500いったら輸血します。
あ...待って。
よし、よしよしよし止まる止まる。大丈夫だ」
収縮剤を投与して数十秒で血はだいぶ収まった。
バイタルの低下は見られるものの、そう著しいものではなかった。
「よしよしよし。大丈夫大丈夫。絶対大丈夫。」
圧迫で血が止まり、安堵したAは先ほどから打って変わって鴻鳥に前に出るように促した。
「あとは頼みます。何かあったらすぐ呼んでください」
そう言って颯爽と手術室を出て保育器に入った赤ちゃんを追いかけるように無菌室に向かったA。
４０分ほどで到着するヘリに対応するために急いでいるのだろう。
小さな血管にゆっくりと挿入された管が痛々しい。
しかし私もこうやって生きながらえた。
超未熟児だった私は今目の前にいる子よりも小さかったのだと思うと、生命の不思議さと神秘さを感じることができた。
必死に生きてほしい。
そう願いながら無菌室の中でただ一人で生まれたばかりの未熟児の赤ちゃんを手当てしている。
ここにはNICUなんて大層なものはない。
だから本当ならすぐに本島にヘリで送るくらいの心算だったが、本島近くの沖で先日発生した台風の影響で今日は一時間遅れると。
「大丈夫、私がいたから大丈夫。」
この言葉は決して思い上がりなんかじゃない。
不意を吐くように口から出るのだ。
君は私が助けなきゃいけないんだ。
そう思えば思うほどポロポロと声に出てしまう。
「ヘリ着きます！」
廊下から聞こえてきた看護師の声。
急いで起き上がると、優しく赤ちゃんを無菌室から出して搬送口にまで連れて行った。
「生まれてきておめでとう。」
__________________________________
ヘリにお母さんと保育器に入った赤ちゃんを載せると、夜の空に浮かび上がった。
「がんばれ」
隣にいるAは汗を拭って真っ暗な夜空に手を振っていた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 66人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：長官 | 作成日時：2020年5月3日 17時
