世知辛い訳さ ページ11
久々に会った鴻鳥と私と荻島先生は業務終了時間、三人で飲みに行った。
私にとって実に空気の重い飲み会だった。
喋ることもない私は黙って生ビールを流し込んでいる。
あまり酔うタイプではない私だが、こんなに喋らず飲んでいたら後二杯ほどでノックアウトになりそう。
人生で告白されたことなんてないからその後どう接したら良いのかもわからない。
だから二人の話にテキトーに相槌打ってテキトーに笑って時たま自身の話をしたりもした。
対応はこれで合ってるかはわからない。
「鬼嶋だいぶ酔ってないか?」
「そうですね...ちょっと。」
「はは、大人しいと思ったら。」
「すいませんね。」
頰をポリポリと掻いて笑うと、二人ともヘラヘラっと笑って私の分を含む次のお酒を店員さんに頼み出した。
「わ、私はもうお茶でいいっす...」
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オンコール。
それは緊急時に対応できるように連絡を受け取る準備が整っている状態に限って来るわけじゃない。
ましてやオンコールの日じゃないのにくる時もある。
強い光がチカチカっと光って胸ポケットのスマホが震えた。
許可を取って携帯を取ると、連絡してきたのはナースステーションにいた当直の看護師さんからだった。
「もしもし?」
『A先生、28周の早見さんが出血を起こしています』
「あらら...お腹硬いですかね?」
『硬いです...』
「...痛みは訴えてますか?」
『はい。かなり』
「前駆陣痛の気は?」
『ありません』
電話しながらチラッと二人を見ると、二人ともよく私の電話に耳をすませているようだった。
「三十分...どーしようかな...」
腕時計を見ながら五秒考えた私が出した答えはとりあえず現場に直行することだった。
「行きます。」
ガタッと立ち上がって財布から出した1万円札をバンッと机に置くと二人に会釈して店を飛び出す。
「あ、おい!...」
「僕たちも行きましょう。」
「あぁそうだな」
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「やっぱり胎盤が剥がれかかってる。
ここでカイザーするには収縮剤が足りないかもしれない...」
「でも鬼嶋先生!ヘリ届くまで一時間って...!」
「うん、確実に危ない。」
Aは痛みで悶える患者の手を強く握りながら冷静さを持ち合わせた冷たい声でそう言った。
「お母さん、あのね。私いるから。絶対大丈夫。
赤ちゃんの胎盤が剥がれようとしちゃってるの。
赤ちゃん出してあげなきゃお母さんも赤ちゃんも危ないから。」
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作者名:長官 | 作成日時:2020年5月3日 17時