episode325 Side H ページ34
「……知ってる、あの人はオリオン財団の…！」
新条琢磨さん。
俺とオリオン財団を繋いでいた人。
それは自然と、まるであの人が最初から俺を見ていたように、ぱちりと目が合った。
思わず逸らそうと思った瞬間には、新条さんは俺とAちゃんの方へとゆっくり、歩いてきていた。
「……光くん。私の後ろにいてね」
そう言い終えるよりも、早く。手首をそっと引かれて、俺はAちゃんの背後へと誘われる。
情けない。こうして守られないと、立ってもいられないくらい、この人が怖いだなんて。
「やぁ。元気だったかい、一星君」
「うちの参謀に、何かご用ですか」
「彼と話したい。……少しだけだ。いいかい」
物静かなのに、有無を言わせないような目だ。
Aちゃんの後ろに隠れても、ざくりと刺すような視線から逃れる術がない。
「だってさ。……どうする、光くん」
なのに、そう問いながら振り返ったAちゃんは、少しも恐れが見えない。
曇ることのない、慎重で鋭い眼差し。
(……何、びびってるんだ。俺)
オリオン財団の定めた、国家友好親善大使。
＿＿その立場に怯えるな、立場を利用しろ。
「……大丈夫。行ってくるよ」
この人との接触で、俺だけが潜り込める情報が。
俺だけが掴み取れるボロが、あるかもしれないんだ。
Aちゃんは俺だけに見えるように、こくり、と小さく頷いてから、再び新条さんに向き合った。
「分かりました、いいですよ。その代わり、私も連れて行ってください。怪しい素振りを見せたら、すぐに光くんを連れて引き返します」
此方からは、どんな表情をしているのかは分からない。
だけど迷いのない、堂々としたその物言いは、きっと。自分よりもずっと地位を持つ大人をも翻弄しようとする、あのシニカルな笑みなんだろう。
「オリオン財団の内情は、それなりに知っています。選手に対する、運営直属の大人からの、直接的な妨害。そんな決定打があれば、“試合に勝ち進むことで、運営側のボロを出す”＿＿なんて、面倒なこともせずに済む」
酷く脅迫めいた条件だ。
ここでAちゃんの条件を呑めば、今から俺達に手出しは出来なくなるだろう。向こうに後ろめたいことがあるのは、もう分かってる。
そしてこれを拒んでここから退けば、新条さんは“自分には明確な悪意があるから条件を呑めない”と認めざるを得なくなる。
それはどう転んでも、俺を守ってくれるような立ち回りで。
「それでも、よければ。お付き合いしますよ」
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作者名：三峰 契 | 作成日時：2021年9月10日 19時
