二度目の人生はあの子が愛した世界で “弐”【文豪ストレイドッグス】 (ページ37)

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漆拾捌 “〃 (3)” ページ37

先刻迄、Aが居た場所に一つの人影があった。
風で揺れる黒髪は長く、年中身に纏っていた厚手の服は同僚達からよく変な目で見られた物だった。

そんな彼は風で揺られている風信子にそっと指先で触れた。
然し本当に触れている訳では無い。
彼のその指先は、空を切っていた(・・・・・・・)。

｢……貴女を恨むなんて出来やしない｣

例え真実が残酷だったにせよ。
それ程迄に彼は彼女を愛していた、愛してしまっていた。
否、人為らざる者となった今も尚、愛し続けている。

あの日、二人の少年を殺した後、彼は彼女を連れ去る心算だった。
連れ去って、あわよくば元居た諜報員として。
それが無理ならば何処か遠い、抗争とは縁が無い長閑な場所で静かに暮らす心算だったのだ。

｢寧ろ謝るべきは私の方だ｣

組織の裏切者は本来ならば家は焼かれ、持ち物は海に捨てられ、遺体は一週間は野ざらしにされた後、鄙びた共同墓地に埋められる。勿論、裏切者の親族にも制裁がある。
つまりは、その血筋の根絶やしだ。

然し彼は違った。
確かに家は焼かれた。持ち物も殆ど海に捨てられた。

でも遺体は野ざらしにされなかった。
彼女が首領に頼み込んだのだ。
それも己の身を売ってまで。

彼は、ぐるりと周囲を見回す。
此処は元は人里離れた寂れた墓地だった。
それを彼女は変えた。

崖にせり出すように並んだ碑銘のない無表情の墓石の群れは無くなって、今では一つ一つに碑銘があり、手入れも行き届いている。
おまけに彼女は全員の名前を把握し、どんなに忙しくても月に一度は供え物と線香をあげに来ている。

あの寂れた墓地が温もりのある場所へと大変貌したのだ。それもこれも全ては彼女のお陰。

そんな裏社会に不釣り合いな彼女が、優しい心を持った彼女が何時も彼の話になると態と明るく振る舞い乍ら、話題を持ち出した相手と話す。

それが彼には苦痛だった。
何者かの力が働き幽霊体にも成った彼は触れる事も、慰めてあげる事も出来ない。
唯々、相棒と話す彼女の傍に寄り添い話を聞くしか出来ない。そんな己が恨めしかった。

彼女が去って行った方を見て、目を閉じる。
ふと彼女の首元で揺れていた首飾りの蛋白石が眩く光っていたのを思い出し、思わず涙が零れそうになったが何とか堪えた。

嗚呼、神よ……もしこの願いが聞こえたなら、どうか

｢彼女を、Aさんを救ってくれ｣

＿＿せめて愛する彼女には幸せになって欲しい。