4-8 ページ9
．
「夕食を奢ります」という彼の申し出を断ったものの、頑なに彼も引かなかったので、折衷案として飲み物を一杯を奢ってもらうことになった。
駅近くのコーヒーショップの一角、壁際の二人席に座って待っていると、駒井さんが二人分のカップを持って席についた。
カフェオレを受け取り、一口飲む。ほんのりとした甘味に、疲れで強張っていた身体がほぐれていった。
「相談っていうのは……？」
おそるおそるたずねると、駒井さんは何かを決意したような表情で私を見た。
「プレゼンの発表って、絶対に僕がしないと駄目ですか」
すぐには言葉が出てこなかった。カップを片手に持ったまま、身体が固まってしまったのだ。
これまで、駒井さんの働きぶりは「優秀」という他なかった。会社にとって良い意見を言ってくれるし、人間関係においても問題は見られない。だから、今回のプレゼンも順調だと思っていた。
私は一瞬にして乾いた口内をカフェオレで潤し、できるだけ動揺を悟られないよう――もう察されているかもしれないが――切り出した。
「えっと……何か、外せない予定が入ってる？」
「…………」
駒井さんは困ったような様子で目線を逸らした。言葉を選んでいるのだろうという静寂の後、彼は言いづらそうに口を小さく開く。
「いえ。そういうわけでは、ないんですが……」
歯切れ悪く言い、彼はカフェモカを一口飲んだ。
「人前で話すのが、苦手でして……」
そう言った彼の目線は、ずっとテーブルに注がれていた。
これで、普段から面倒くさがりでぞんざいな仕事をするような人が相手なら、ただ怠けたいだけだと思っただろう。
が、相手はあの駒井さんである。今まで会社のためになる発言こそすれど、文句のひとつも言わずに休むことなく出社していた駒井さんである。
そして、その深刻な表情から、気軽に言う「私発表苦手なんですよ〜」とはわけが違うことは見てとれた。
「あのプレゼン、基本的に自分の担当箇所は自分で発表することになってて……」
というか、そうしないと他の人の負担が増えてしまうのだ。彼もそれをわかって言っているのだろうし、最初からプレゼンへの参加を拒否しなかったのは、やはり自分で発表しなければならないという意識があったからだろう。
「どうして苦手なの？」
彼の手に力が入り、カフェモカのカップが少しへこんだ。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 17人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：はるま | 作者ホームページ：https://twitter.com/April_hrm
作成日時：2022年10月13日 0時
