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秒針の動く音が、やけに大きく聞こえた。
動揺と不安と、記憶を奪われてたまるものかという怒りがない混ぜになって、何から言えばいいのかわからない。
意味もなく口を開閉していると、俯いていた天馬が顔を上げた。頬がひきつっている。笑顔を作ろうとして、できていない。
「そういう決まりなんだ。それに、俺もそのほうがいいと思ってた。Aが俺たちのことを覚えてたら、俺たちにとっても、Aにとっても危険なんだよ」
「で、でも……私、二人のこと言いふらしたりしないよ」
「けど、Aの意図しないところで俺たちの存在が人間に知られたり、他の悪魔から狙われたりするかもしれない。そういう不安は取り除くべきだよ」
他の悪魔、という言葉に、またも磯崎が頭に浮かんだ。
天馬の言うことはもっともだ。母が剣城と契約したこと、そして私がそれを知っているということ、それら全てが、磯崎の前では弱点になってしまう。
「……でも」
天馬の声が震えていた。
ハッとして天馬を見る。彼の口角は不自然に上下していた。
「Aに、俺たちのこと、忘れてほしくない。ずっと覚えていてほしい。こんなふうに思ったのは初めてで……俺、どうすればいいかわからない。わからないよ、A、どうしよう……」
天馬の右目から、ぽろっと涙がこぼれた。それを皮切りに、涙はあとからあとから溢れる。雫は滑らかな頬を伝い、顎からぽたぽたと天馬の膝に落ちていった。天馬はそれを拭うこともせず、助けを求めるような視線を私に向けている。
「天馬……」
気付けば、天馬の手を取っていた。か弱く見える彼の肩を抱き寄せる。
「私も、天馬と剣城のこと忘れたくない」
私は、忘れられてしまう悲しさも、寂しさも知っている。
彩花のときは、私に関する記憶をすべて忘れたわけではなかった。しかし、たった数週間の記憶がなくなっただけでも、まるで彩花がまったく知らない人に見えるときがある。
天馬にそんな思いはさせたくなかった。どうにかしてあげたいけれど、どうすればいいのかわからない。
――いいや、どうしようもない。
話を聞いたときから、そうわかっていた。ただ、諦めたくなくて、理解するのが怖くて、目を背けていただけで、
「忘れたくないよ」
願いは願いのままなのだ。
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作者名：はるま | 作者ホームページ：https://twitter.com/April_hrm
作成日時：2022年10月13日 0時
