Capo=1 ページ1
高校で、軽音部に入った。担当は一応ボーカルとギターで。別にギターは部室にあるのでもいいのだけれど、不特定多数に使い古された錆びた弦をかき鳴らすよりは、自分の愛機がどうしても欲しいと思ってしまった。
「ねぇ、もうすぐ誕生日だしギター、欲しいんだけ、ど、です………」
改まって父にオネダリをする夕食後のティータイム。抑えきれないそわそわを湯呑みを握ってごまかし、かしこまりきれなかった丁寧語でどうして欲しいか明確に説明する。
ほんの少し父は考え込んで、「わかった。ちょっと待て。」とお茶を飲み干して風呂場へ消えていった。あぁ、これは買って貰えない感じかな。そうしたら、どうしよう。高校一年生とはいえ、お小遣いに限度はあるし、楽器なんて値段によって差が出るのは言わずもがなな訳で。
すっかり意気消沈した肩を落として、その日は眠りについた。答えはしばらく貰えないまま。
「今週の土曜空いてるか?」
「え?うん、空いてるけど」
「じゃあ出かけるから朝十時発な、準備しとけよ」
すっかりオネダリしたことなど忘れ、使い古しのギターを諦めて先輩にメンテナンスをしてもらって我慢していた頃。父が唐突に声をかけてきた。どこに行くんだろう、いつもの車の点検だろうか。それとも買い物か。そんなん、私を連れて行かなくてもいいのに。
うららかな日差しの下、父の運転する助手席でぼんやりと青空を眺める。桜の木は、すっかり碧だけになっていた。学校のすぐ近くを通り、数駅分向こうへ、そしてほんの少し分かりにくい交差点を抜けて、数台分の駐車場があるお店へ到着。そこには、モダンな外観の店舗とシンプルに英語で書かれた看板があった。
(ティー、アール…アイ、エー、ディー………ト、ライ、ア、ド?)
「TRIAD?」
「そう、トライアド」
シートベルトを外した父は少しハンドルに寄っかかってこちらを見ながら、まじまじと看板を見つめる私に店名の読み方の正解を言う。一体全体、なんの用でここまで来たんだろう。なんだかオシャレなそこは、ちょっと入りにくいような気がした。
じゃあ、行こうかと財布の中身を確認し終えた父に促され、分厚いであろうガラスの壁を覗き込みながら、これまた分厚くて思いガラスの扉を押して開いた。かろんかろん、と品のいいベルの音が鳴って、耳馴染みの良い、素敵な声で迎えられる。
「「「いらっしゃいませ」」」
最高の出会いまで、あともう少し。
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作者名:あやめ | 作成日時:2022年10月9日 5時