【歌い手】この恋は甘く、苦い【合作】【短編集】

つづき。 ページ8

友チョコをもらえただけまだましだ、と自分に言い聞かせて、唇をぎゅっと噛んで、じんわりとにじんできた涙がこぼれないようにただただ耐える。そういうキャラじゃないのにな。

いつもなら甘ったるいチョコレートで満たされているはずの僕の味覚が、鉄の味でいっぱいになってしまっているのがどうも気にくわなくて、もらったばかりのブラウニーを口に放り込む。

あ、すごい、上達してる。

そんな偉そうな感想を送りつけてやろうと思って、スマホの電源を入れて、ラインを開く。

そのとき，ぴろりんっといつもと同じ軽い音を立てて飛び込んできたメッセージは，僕の顔をほころばせるには充分すぎた。


「今年もちゃんと準備してるよ！もうすぐ届くと思う。家で待ってて。」


天月くんに送るラインの文面も，

少し落ち着くためにぼんやりと考えていた新曲のメロディも，

口いっぱいに広がるブラウニーの甘みも，

全部きれいさっぱり忘れて，僕はメッセージに返信した。


嬉しかったんだ。

今年も僕にチョコレートを渡そうと考えてくれていたことが。


特に意味はなくて，本当になんとなくだけど，でもどうしようもなく書きたくなって，

僕はカレンダーに赤ペンでハートを書いた。


♡ ♡ ♡


そわそわ、そわそわ。

あぁ落ち着かない…。

今日、打ち合わせとか入ってなくてよかったあ。

元々動画投稿くらいしか予定なかったし、それもさっき最終確認まで終わらせちゃったから、あとは曲作りくらい。


…あ、これ防音室にいたらインターホン分かんなくない？

そう気づいた僕は、ギターを置いてリビングに向かった。

作業部屋から出てきた僕を見て、ここぞとばかり飛びつくいろぽて。かわいい。


早く来ないかな、まだかな、

ほんのりと熱をもった頬を、両手で包み込んでそっと冷やす。あついあつい。

こんな顔で宅急便のお兄さんを迎えたら、きっとびっくりされちゃう。

きゅっと両目を閉じる。楽しみだなあ。


そのとき、軽快な電子音が僕の耳と部屋に響き渡った。

裸足のまま、急いで玄関まで走っていく。

鍵を開けて、ドアの持ち手を体重をかけて前に押して、目の前に広がった外の世界には、


「ハッピーバレンタイン！！久しぶりのまふくんだあー！！」


何度夢に見たか分からない、最愛の人。

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