39.辛い過去 ページ42
とりあえず見学をしっかりとしなければ。
そう思い、見学前に生徒に配られた授業プリントを思い出す。
『学秀、私は見学をしながらプリントの記入をしなければならんのだ。
悪いが手を離せ。』
学秀「嫌だよ。」
先程よりもギュッと手を握られ、手を離さないと言う意思が伝わって来る。
『学秀、頼むから手を……』
学秀「じゃあ、僕だけを見てくれる?」
『はっ?』
学秀「理事長の事よりも、僕を優先して欲しい。
そうしたら、手を離すよ。」
『それは……』
そう言われてしまえば、断るのは難しい。
私にとっては、どちらも大切な存在だ。
夫も息子も、私にとっては何者にも変え難い存在なのだから、そのどちらかを選べと言われれば難しい。
学秀「そんなにあいつの事が好きなの?」
考えあぐねていた私に、息子は痺れを切らした様に話しだす。
『そうだな……』
學峯と付き合って、結婚して、子どもが生まれて、今まで長い時を共に過ごして来た。
お互いを知り尽くしてもなお、他には代えようがないくらい、自分の相手が務まるのは、こいつしかいないと思っている。
それだけ私達夫婦の絆は深いと思う。
学秀「僕は、貴方が寂しい思いをしていたのを知ってる。
僕の前では、いつも笑顔で気にしていない素振りをしていたけど、僕は……ずっとそんな姿を見ていた。」
『昔の事だ……』
確かにそんな時もあった。
大切な教え子を亡くした過去を持つ夫は、自分を戒める様に教育の世界にのめり込んだ。
同じ思いをする生徒を出さない様に。
自分がどう教えたら、死なずに強い生徒を育てられるのかと。
あの時の辛そうな夫の背中を、私はただ見守るしか出来なかったのだ。
学秀「昔の事だって割り切れるの?」
『ああ、あの過去が有ったから、今がある。
無駄な事なんてないと私は思っている。』
学秀「強がらなくていいよ。
今だって、本当は心配なんじゃないの?
また一人にされるんじゃないかって。」
『そんなこと……』
ない。
そう言えなかったのは、息子の言っている事が間違ってはいなかったからだ。
だが一人だったのは、何も私だけじゃない。
辛い気持ちは、夫も一緒だったんだ。
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翡翠(プロフ) - 更新大変だと思いますが身体に気をつけて頑張ってください (2020年4月17日 7時) (レス) id: 3260124100 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:壱 | 作成日時:2020年1月22日 19時