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次の日から、また代わり映えのない日々が続いた。
鬼舞辻という名の男にも会うことはなく、1つの季節がすぎる。
あの日のことも完全に頭から吹き飛んでいた。
部活帰りの夜道、同じ華道部のカナヲと別れて小さく振っていた手をそろそろと下ろす。
コツコツと自分の足音だけが耳に届いた。
2本目の電柱を通り過ぎた時、ふっと自分の視界に影がかかる。
後ろの街灯の光を遮るようにして、人が立っていた。
あやしい、何の音もしなかった。怖い、怖い、怖い。
恐怖で心臓が暴れ出す。
──────まさか、不審者?
最悪の事態を想像するとなんだか冷水を被ったように身体の芯が冷えていった。
そう頭が理解するのと同時に、できるだけ歩幅を広く、ほぼ駆けるようにして地面をけった。
「待て、琴枝!」
名前を呼ばれて、反射的に振り返ってしまう。
ああ、終わった。
きっとこれで追いつかれてしまった。
なにかされるのではと固く目を閉じる。
けれど、どれだけ待っても痛覚も、触覚も、刺激を受けとることはなかった。
「琴枝、どこへ行くつもりだ。」
変わりにもう一度、声が聞こえてきた。
おそるおそる目を開けると、いつか見た赤色の瞳が。
「なんで…ここ、に…」
男はやや息を切らしていて、慌てて追いかけてきたかのような様子だった。
電話が繋がらなかった怒りも忘れて、初めて見た時は紳士然とした態度だったので、こんな顔もするんだ、とときめきかけてしまう。
ギャップ萌えというものだろうか。
あとなんだか口調が変わった気がする。
ここまで来ると情報量の暴力だ。
もう、考えることを放棄することにした。
それに追い打ちをかけるように、香水だろうかウッディーな香りの中に仄かな甘い香りが鼻をくすぐった。
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作者名:白桃。 | 作成日時:2020年1月31日 22時