貴方の名前で私を呼ばないで (ページ2)

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彼に差し出していたシチューのスプーンを、自分の口の中に含む。長時間煮込んで老人や赤ん坊でも食べられる程に特別に柔らかくしたシチューは具材が溶けきって、飲み込んでしまいたくなるほど美味しい。
俯く彼の頭と体を力づくで起こし、無理やりこちらを向かせた。髭が伸びきって、痩せて頬がこけ、完全に生気が消え去ったみすぼらしい見た目でありながら、その目だけは私のことを鋭く睨みつけている。ああ、ごめんね。その視線に気付かないふりをして、そのまま彼に口付けをした。口移しにシチューを流し込む。彼の細い腕が反射的に私の胸を押し返すが、その力は悲しいほどに弱々しい。唇の中に押し込まれたものを押し出そうと彼はしばらくもがいていたが、鼻をつまむとそのうち観念したようにシチューを飲み込んだ。嚥下したのを確認してからゆっくりと唇を離す。

「チル。ちゃんと食べないとこういうことになるよ」
「……お前達は、狂ってる」

少し喋る元気が出たらしい。間髪入れずにもう一度シチューを口に含み、また口付けをする。暫くの間チルチャックは弱々しい抵抗をしていたが、そのうちにまた何も反応しなくなった。淡々と、作業のように一皿分のシチューを食べさせる。皮が切れ、カサカサに乾燥しきった彼の唇が痛々しい。

「はい、これでもう終わり。また夕方に来る。今度はおじやとお肉を持ってくるけど……今度はちゃんと自分で食べてね。お肉まで口移しじゃ嫌でしょう」

食器類をまとめて立ち上がろうとした時、不意に「お前は」と呼び止められた。彼に自発的に声をかけられるのはおおよそ1年ぶりのことで、少し驚きながら振り返る。

「何が目的で、こんなことをしてるんだ」
「それは……」
「この何も無いダンジョンの中で永遠に生きて、それで何になる……」
「チル」
「俺は……」

「俺は、地上に帰りたい。娘と嫁に、家族に会いたい……」

それはこの3年間で、初めて聞いたチルチャックの弱音だった。そう。そうだよね。あなたには守るべき大切な家族がいるものね。……ごめんね。彼の横にまた膝をつき、そっと頭を撫でようか迷って、辞めた。代わりに彼の大きな耳に顔を近づける。

「シュローがね」

懐かしい名前に、彼の耳がぴくりと反応する。

「この前、仲間を大勢連れてダンジョン攻略に来たの。深層のドラゴン達に壊滅させられて死にかけてたけど、そのまま殺すのも帰すのも惜しい人だったから、私とマルシルが介入した」