第238話 ページ10
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乱暴に頭を撫でていた手が離れると、「いいか、出水」と一瀬さんは遠くを見つめるようにして言った。
「弱いままでは何もできない。手に入れられない。待ってるのは服従と搾取と、クソみてぇな人生だ」
すうと目を細めた先に何が見えているのかわからない。Aも時折、おれ達には見えない「なにか」を映している。
「服従と、搾取」と彼の言葉を繰り返した。
「そうだ。弱者のままでは何も為せない。強者の掌の上で踊らされて、使い捨てられて終わりだ」
「随分な言いようだな。弱者には人権がないとでも言うか?」
突然割って入った声にぎょっとしてそちらを見ると、風間さんが身体を起こしてこちらを見ていた。鋭く細められた目は一瀬さんを射抜いている。それに対し一瀬さんは怯んだ様子もなく視線を返していた。
「そうだ。力のない者は奪われるだけだ」
「ほう。具体的には何を?」
初めて彼は黙った。ふっと天井に視線を移して、戻す。そうして床を見つめて、言った。「‥‥父親と、信じてくれた仲間と‥‥恋人」
ひゅう、と夜風が入り込んでカーテンを揺らした。月明かりが影になって、一瀬さんの表情は見えない。
風間さんは何も言わなかった。鋭かった目はいつも通りの光を湛えていて、一瀬さんの発言の意図を推し量ろうとしている。
それはきっと机上の空論ではない。無知で弱くて踊らされて、翻弄されて。そうして彼は奪われたのだ、きっと。己の経験と反省と後悔を、二度と繰り返さないために一瀬さんは武器を握っている。
ち、と小さな舌打ちが聞こえた。ぐしゃぐしゃと己の髪を乱雑に乱して、一瀬さんは「少し出る」と病室から出て行った。
「‥‥力のない者は奪われる、か。そりゃ正論だな」
「た、太刀川さん。起きてたんすか」
「おー」
おまえは随分お寝坊だったな。
揶揄うようににやりと笑った。しかしその目元は暗がりでもわかるくらい黒ずんでいて、おれが起きるまでの心労を思わせた。「‥‥すいません。心配かけて」
「おまえが謝ることではないだろう」
「そーそー。結局俺ら全員、この世界じゃ“奪われる側”だったってことだ」
そもそも生きている世界が違うのだからそれは仕方がないだろう。だが、もうそんなことは言っていられなくなった。このままでは、おれ達は大事な仲間を守ることもできずに一方的に略奪されてしまうのだ。
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じゆんきむ(プロフ) - 返信ありがとうございます。楽しみに待ってます! (1月11日 21時) (レス) id: 3005c0f58d (このIDを非表示/違反報告)
夏向(プロフ) - じゆんきむさん» 返信遅くなりすみません。現在修正中なんですがリアルが忙しくて…。年度内には再公開できればと思っております (1月11日 2時) (レス) id: b371f4960f (このIDを非表示/違反報告)
じゆんきむ(プロフ) - 7個目の話はいつ公開されますか?? (12月27日 1時) (レス) id: 3005c0f58d (このIDを非表示/違反報告)
雫鶴鳩 - ありがとうございます!!見捨てなんてしませんよ(笑)これからも更新頑張ってください!! (2017年10月21日 17時) (レス) id: 86c88d0ffc (このIDを非表示/違反報告)
夏向@テスト期間は低浮上(プロフ) - 雫鶴鳩さん» (続き)読みにくいかと思われますが、今後はそのように解釈していただけると嬉しいです。これからもこの小説を見捨てないでいただけると大変ありがたいです! (2017年10月21日 10時) (レス) id: 2e5a8262c2 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:夏向 | 作成日時:2017年10月10日 16時