第263話 ページ35
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う、と百夜がまた唸って、血で濡れた手で片目を覆う。荒い息と震える身体に、わけのわからない言葉を次々にこぼすその姿は誰が見ても「異常」だった。
これが一瀬グレンの言う「人体実験」によるものなのか、それとも彼女が契約している「鬼」のせいなのかすらわからなくて、ただ声をかけ成り行きを見守るしかなかった。
「‥‥ころす、‥‥ころす? ちがう、わたしは、‥‥ああああ、うるさい、うるさい‥‥っ!」
彼女の手が腰の刀の柄を掴む。それが抜かれそうになる寸前で、歌川が後ろからそれを押さえ込むように両手で強く手首を握りしめる。
「だめです先輩!」という叫びは届いていないようだった。
「歌川、そのまま押さえてろ。刀には触るなよ」
風間さんが言って、おもむろに右手で百夜の胸倉を掴む。そして左手を持ち上げたかと思えば、彼女の頬を思い切り平手打ちした。「っちょ、風間さん!?」とさすがの菊地原も声を上げるが、風間さんは平手した体勢のまま百夜をじっと見ている。
「‥‥ぁ、れ」
「百夜。おまえは百夜Aだ。他の何者でもない。太刀川が言ったことを忘れたか」
「‥‥たち、かわ、さ」
「そうだ。おまえが守ろうとした。守った。俺達もだ」
「‥‥まもる、‥‥誰を? ‥‥いや、ぜんぶ、ころす‥‥違う、ころさない、うるさい、黙れ‥‥!」
悲鳴のように叫んで、突然彼女は動いた。床に転がっていた謎の注射器を引っ掴んで、それを首へ突き刺す。指が動いて、迷いなく中身を押し込んだ。その刺入部を起点として、あの時と同じ黒い痣が広がる。
「っちょ、おい、A!? それ大丈夫なのか!?」
「待て、止めるな出水」
「で、でも太刀川さん」
「いいから」
その中身を入れた直後に百夜の身体の震えは止まっていた。荒い息も少しだけましになって、開き切った瞳孔は徐々に戻っていく。
くたりと注射器を掴む手が垂れて、空になったそれが僅かに開かれた掌の中で転がった。
ゆるゆると百夜の目蓋が落ちて、身体が傾く。出水が咄嗟にそれを抱き止めて、顔を覗いた。「‥‥気絶、したみたいです」という言葉に緊張感が少しだけ軽くなる。
「‥‥心音落ち着いてます。多分、もう大丈夫です」
「そうか。‥‥ひとまず寝かせて、様子を見る」
百夜を横抱きにして持ち上げた出水はぐしゃりと顔を歪めて、彼女の肩を強く抱き寄せた。
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じゆんきむ(プロフ) - 返信ありがとうございます。楽しみに待ってます! (1月11日 21時) (レス) id: 3005c0f58d (このIDを非表示/違反報告)
夏向(プロフ) - じゆんきむさん» 返信遅くなりすみません。現在修正中なんですがリアルが忙しくて…。年度内には再公開できればと思っております (1月11日 2時) (レス) id: b371f4960f (このIDを非表示/違反報告)
じゆんきむ(プロフ) - 7個目の話はいつ公開されますか?? (12月27日 1時) (レス) id: 3005c0f58d (このIDを非表示/違反報告)
雫鶴鳩 - ありがとうございます!!見捨てなんてしませんよ(笑)これからも更新頑張ってください!! (2017年10月21日 17時) (レス) id: 86c88d0ffc (このIDを非表示/違反報告)
夏向@テスト期間は低浮上(プロフ) - 雫鶴鳩さん» (続き)読みにくいかと思われますが、今後はそのように解釈していただけると嬉しいです。これからもこの小説を見捨てないでいただけると大変ありがたいです! (2017年10月21日 10時) (レス) id: 2e5a8262c2 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:夏向 | 作成日時:2017年10月10日 16時