ねえ、お願い。【歌い手】 (ページ2)

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1話ページ2

チリリリリッ

朝。
静かな部屋に響く、その音に顔をしかめる。

「今、何時…？」

まだ重たいままの瞳を、手の甲でごしごしと擦りながらゆっくりと視界を鮮明にしていく。

…7時30分。

私の目がおかしくなければ、不快な音を発するその時計の針は、7と6を指していた。

つまりは、

「…って、うわぁぁああ遅刻ー！」

そう、出勤時間ギリギリなのである。

髪をとかして顔を洗い、歯を磨く。薄く化粧をして、朝食を食べるいつもの過程はすっとばす。

「行ってきます！」

実家を出て一人暮らしをしている今も、この一言は大切にしている。
昔…母に言われたから。

"どんなに急いで遅刻しそうでも、ちゃんと言うのよ"

あの時の母の顔は、今でもしっかりと覚えている。

ダッシュで電車に駆け込む。…あ、駆け込み乗車は危険だよ、良い子も悪い子も真似しないでね。

「はあ…間に合ったー…。」

無意識に吐いた独り言は、周りの視線を集めた。

じわじわと熱くなる頬を隠すように俯きながら、苦笑い。

人の視線はあまり好きじゃない。なんだか、落ち着かないから。

そんなことを考えているうちに、もう勤務先。

「おはようございます！」

部署の扉を開け、挨拶をすれば帰ってくる声。

ああ、挨拶っていいなあ。

いつもこの瞬間は、決まってそう思う。

デスクに座り、目の前の画面と向き合った。