化ノ神 ページ40
貴「どうかしたんですか？」
尋常じゃない彼の様子を不思議に思い私は彼に尋ねた。
が、しばらく彼は私の問に答えない。
春「………猫が、いなくなった」
一分ほどたってからやっと重い口を開くと、彼は猫がいなくなったと言う。
私は更に訳がわからなくなった。
貴「え？どんな猫ですか？」
春「俺の絵の中から、猫が逃げ出したんだ………」
いきなりのメルヘン発言に少し………否、かなり驚きつつ私は質問を続ける。
貴「春草さん、猫飼ってたんですか？」
するとみるみるうちに彼の眉間の間にシワがよった。
どうやらハズレだ。
春「違う。猫が化ノ神になったんだ。」
貴「バケノカミ……？」
春「あぁ、君はしらないんだっけ」
大層めんどくさそうに顔を歪めるが、丁寧に説明を続けてくれる。
春「創作物に魂が宿ると化ノ神と呼ばれる物の怪になるんだ。とくに絵とか彫刻とか、小説とか」
貴「(そ、それって霊的なやつ……？)」
肩を震わせながら話を聞いていたが、一昨日、春草さんが絵にかいた伊勢海老に逃げられたら困ると言っていたのを思い出した。
あの会話はもしかして化ノ神のことを指していたのだろうか。
貴「それで、物の怪に逃げられたらどうなるんですか？」
春「化ノ神が絵のなかに帰ってこなければ、その絵は一生完成しないことになる。また新たに書き直せばいいって話でもないんだ。同じ絵なんて、二度と描けない」
貴「そんな………」
せっかく春草さんの描いた絵が完成しない。
それはなんだかとても悔しいものだった。
春「……まぁ、いつかは帰ってくるかもしれないけど、どのみち俺には待ってることしかできない。俺は魂依じゃないから、視えないモノを捕まえることはできないし」
魂依。
前に一度気になって鴎外さんに聞いたことがあった。
普通の人には視ることができない、物の怪を視ることのできる人間を指す。
貴「視えないもの………あっ」
昨夜、私の部屋にいたあの黒猫。
あれはもしかしたら…………
いや、でもそれだと私が『魂依』だということになってしまう。
貴「………昨日、私の部屋にいた黒猫………あれ、春草さんが描いた猫だったのかもしれません」
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