【明治東京恋伽】月夜と黒猫のワルツ (ページ15)

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さぁ？どっち？ページ15

鴎「記憶喪失…」

たどたどしい私の話を聞き終えた鴎外さんは興味深そうに呟いた。

現代ではわりとよく聞く病名だがこの時代ではあまり聞き馴染みがないのかもしれない。

春「そんな病があるんですか、鴎外さん。」

春草さんは興味なさげに尋ねた。

鴎「さあどうだろう。あいにく僕は脳神経の専門ではないからね。

脳の機能障害はさまざまな要因が考えられるが、一時的な症状である場合も少なくはない。存外、一晩寝て起きてみたら全て思い出した、などということがあるかもしれないが………」

貴「ほ、本当ですか！？」

もし記憶が戻ればこの絶望的な状況でも少しだけ安心できそうな気がする。

鴎「本当だともっ！…と言いたいところだが……こればかりは明日にならなければ分からない。」

貴「……そうですか……」

やっぱり事はそんな簡単な事ではないらしい。

鴎「兎に角、だ。今夜はもう遅いからうちに泊まっていくといい。」

貴「え！？い、いえ…」

赤の他人にさすがにそんなことまでしてもらうわけにはいかない。

そして春草さんの視線がとても痛い。

鴎「自分の家がどこかも分からないなら、帰りようがないだろう？
……なに、空き部屋ならたくさんあるのだ。伯父は津和野に引っ込んでしまったし、最近まで住んでいた従妹も嫁いでしまった。それにフミさんだって、使いもしない部屋を毎日掃除するのもつまらないだろうからね。」

貴「い、いえ！大丈夫です！外で適当にやりすごしますからっ！」

サッと立ち上がって手を横に振る。

春「…確かに、こんな夜更けにご婦人を追い出すのもどうかとは思いますが。」

意外にも春草さんも鴎外さんの意見に賛成している。

鴎「だろう？彼女のような若いご婦人に夜道を歩かせたら、物の怪の餌食となってしまう。それではあまりに気の毒ではないか。」

貴「(も、物の怪！？)」

本当にそんなものがいるのだろうか！？
だとしたら勘弁して頂きたい。

春「まあ、居候の俺に依存はありませんよ。どのみち、この家は鴎外さんのものなんですから。」

鴎「僕の家ではない。僕の伯父のものだ。」

春「どっちだって同じことです。」

面倒くさそうに立ち上がる彼。
それとは逆に鴎外さんは楽しそうだ。

春「じゃあ、どうします。俺が彼女を部屋まで案内しましょうか。」

鴎「ふむ。僕がじきじきに案内しれあげてもいいが………

＿＿＿＿さて、どちらが彼女を部屋まで案内しよう？」