四畳半トリップ~《アズカバンの囚人》起~【ハリー･ポッター】 (ページ23)

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「動かないで」と嗄れた声で油断なく、ルーピン先生が扉に辿り着く前に、扉がゆっくりと開いた。

ルーピン先生が手にした揺らめく炎に照らし出され、入口に立っていたのは、マントを着た、天井まで届きそうなほどの黒い影。

顔はすっぽりと頭巾で覆われ、私は無意識にも上から下へとその影に目を走らせた。

マントから突き出している手、それは、灰白色に冷たく光、汚らしい瘡蓋に覆われ、水中で腐敗した死骸のような手で私は荒肝を拉がれた。

怖いものが来るとわかっていても怖いものは怖い。

確かに元の世界で成績が恐るべき低空飛行を続けていた時も怖かったが、これは比じゃない。

こんなものと相対(あいたい)するのならば、むしろ低空飛行をのんびりと続けた方がマシだ。

まるで、その生き物がハリーの視線に気付いたかのように、その手を黒い覆いの中へと急いで引っ込める。

私はサッと紳士らしくハリーの前に立ち塞がった。

詳しく言えば、ハリーが私の袖を引っ張り思いがけず、立ちはだかってしまったと言える。

ぞっとするような冷気がコンパートメントを覆い尽くし、寒気が皮膚の奥深くへと潜り込んでくる。

その寒気が胸の中へ、そして心臓そのものへと────

目の焦点が定まらなくなり、全てがぐにゃぐにゃと水面に写ったものが波紋のように動き出す。

自分が立っているのか、はたまた横たわっているのか。

どこが上でどこが下なのか、状況を上手く掴めない私は、また波紋のようにうにゃうにゃとしているように思われただろう。

下へ、下へと引き込まれて行き、唸りがだんだん大きくなる。

遠くから叫び声が聞こえた。

ぞっとするような怯えた叫び、哀願の叫び。

私はその声を知っているような気がした。

しかし、なぜ私は知っているのか。

私がここに来て約二年ばかり、それ以上の記憶などこの世界には無いのに、なぜ。

なぜ知っている、問いただす必要がある────予見者はどこか。

「A、A、大丈夫？」

誰かが、私の頬を叩いていた。

『うーん』と気の抜けた声を出して、ゆっくりと瞼を開く。

頭上にランプの明かりがあり、床が揺れている。

どうやらホグワーツ特急が再び動き出し、車内がまた明かるくなっていたのだ。

ハーマイオニーが私の頬を叩いていたその後ろの座席ではハリーがまだ魘されている姿が目に入った。

ネビルもロンも、ルーピン先生も私の顔を覗き込んでいる。

私は座席から滑り落ちていた。