漆拾陸──くれそん ページ31
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橙の夕方が夏の終わりを思わせる時分、彼らは出会った。それは赤い瞳の少年、竈門炭治郎にとってはこれからを一変させるほどの衝撃だったのだが、運命の転換点というならば、いっぽう、宍髪を陽に焼く狐面の青年、錆兎にとってもそうであろう。
「鈍い、弱い、未熟。そんな者は男ではない」
錆兎の姿勢にとまどう炭治郎。俺は真剣で君は木刀だ、言葉の端々に気遣いと優しさが見えたが、それさえも錆兎にとってはよけいだった。炭治郎はまだ知らない、目の前の青年がかつて、二年前のあの日に超人のように思えた冨岡義勇をも超える剣士だったとは。
容赦なく降ってくる木刀を、炭治郎は必死にかわす。そもそもなぜ斬りかかってくるのかがわからないのだ。どうにか受け流して、受け流して。丸見えの生ぬるい思考に、錆兎は憤りを感じた。これじゃあまるで剣士とはいえない。鬼を斬り人を守る鬼殺剣士とは。
「もっと、もっと、もっと!」
錆兎は声をあげた。それはただ炭治郎をみちびくための言葉ではない。
「鱗滝さんが教えてくれたすべての極意をけっして忘れることなどないように!」
どれだけ感情にあまえた生活をしてきた。どうして鱗滝さんに教わったことを放りなげた。ここで真菰がふたたび剣術に引きあわせてくれなかったら、もしも二度と剣をにぎらなかったら、戦わなかったら……? 憤りは自分に対してだろう、ごまかすな。進むしか道はないのだ。
──男に生まれたなら!
身をひるがえして青い閃をよけた錆兎の迷いないひと振りが、少年のあごをたたきあげた。
炭治郎の手当をひととおり終えた真菰がやってきた。木の上で休む錆兎をくすりと笑う。
「……なんだよ」
「ううん。炭治郎、すごいほめてたよ。すごい一撃だった、本当にきれいだったって。俺もあんなふうになれるかなーって。おたがいにいい刺激になってるみたい」
錆兎の実力は、水狐として夜を駆けていたころにくらべれば半分ていどではあるが、徐々に回復していた。
「俺もなりたいよ、あのころの俺に」
「なれるよ、私が見てあげてるんだもの」
「それ口ぐせだよな。あと」
「鱗滝さんが大好きなんだ」
二人で声をそろえて笑う。
「炭治郎に見せてあげたいね。四ヶ月前の錆兎」
「ばっ、やめろ! 思いだしたくもない」
「ははは。でも、力をとりもどしたら、またさ?」
真菰の意味ありげな視線に訊きかえす。
「なんだ?」
「……なんでもない!」
クレソン──忍耐力、着実、順調
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Rabbita(プロフ) - kokonaさん» とてもうれしいです、ありがとうございます。一ヶ月に一度の更新をつづけていけるように尽力いたします。今後ともよろしくお願いいたします。 (2023年4月13日 2時) (レス) id: 107e758410 (このIDを非表示/違反報告)
kokona(プロフ) - 投稿楽しみにしていました! (2023年4月8日 12時) (レス) @page39 id: d3088186d6 (このIDを非表示/違反報告)
Rabbita(プロフ) - かおりさん» ありがとうございます。 (2022年12月19日 19時) (レス) @page36 id: 107e758410 (このIDを非表示/違反報告)
かおり - よかったです!これからも更新楽しみにしてます! (2022年10月22日 18時) (レス) @page35 id: bc17a1db16 (このIDを非表示/違反報告)
Rabbita(プロフ) - かおりさん» ご心配ありがとうございます、ただいま更新させていただきました。「待ってます」とのお言葉に本当に救われました。不定期ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします。 (2022年10月16日 15時) (レス) id: 107e758410 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:Rabbita | 作成日時:2022年1月1日 19時