人形には、なりきれない。【加州清光】 (ページ8)

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胸を押し返しても、彼は離れなかった。

邪魔だと言わんばかりに手を掴まれてしまい、確かな男性の力を感じる。

お揃いで買ったコロンとは違う、清光の匂い。

それが頭をぼうっとさせる。

清光は躊躇うことなく唇を寄せる。

まるで母親が赤ん坊にするような仕草こそが、彼が私に欲望を抱いていない証だ。

「清光、もう時間だから」

「・・・分かった。
我慢する」

塞いだままの手の甲に、清光の唇が重なる。

それは丁度、私の唇のある場所だ。

清光は決して、私の唇にキスをしない。

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かつて1度、清光が人に拒まれた事があった。

思春期に突入した私と清光は、自然と口をきかなくなっていた。

家族ぐるみの付き合いの時は普通に振る舞うが、学校ではお互い避けるように過ごしていた。

当時の清光は、まだ声変わりしていなかった。

色白で線も細かったので、スカートを穿けば、まだ女の子に間違われただろう。

そんなある日。

違う小学校出身の女子がグループになって、教室に詰め寄った。

『清光くん、小学校の時にスカート穿いてたって本当？』

小学校低学年の清光は、それが当たり前とでもいうように、女の子の格好をすることがあった。

学校にはズボンで通っていたが、事ある毎に私のスカートを穿きたがり、放課後にしぶしぶ交換したことが何度かある。

『・・・本当だよ？』

まるで尋問するかのような剣幕の女子に、清光は素直に頷く。

何故そんな事を聞くのかと言いたげに、不思議そうに首を傾げていた。

〝それがどうかしたの？〟という清光の反応に、女子はキツく眉間に皺を寄せ、小鼻をひくつかせながら口を開く。

『気持ち悪い』

言い放った唇からは、唾が飛んだ。

心の底から湧き上がってた嘲りの言葉に、清光はただ目を丸くするだけだった。

そのひと言が引き金となり、クラス全体が清光を異質なモノとして見るようになった。

『そう言えばアイツの部屋、くまのぬいぐみるがあった。何か女の部屋みたいだったな』

『清光くんは昔から、女の子とばかり遊んでた。
スカート穿くのは冗談だと思ってたけど、実際はどうなんだろ』

けれど幸いにも、それは長く続かなかった。

清光が成長期に突入し、背が伸びて声変わりをしたからだ。

元から顔が良かったため、女子からの人気が鰻登りになり、男子も彼を除け者にしなくなった。