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「駄目。
誰か来たらどうするの」
その手が私を逃すまいと壁をついた。
彼が覆い被さると、小柄な私はすっぽりと収まり、廊下の光から隠されてしまう。
「さっき、衣装係に服のサイズ測られそうになって逃げたんだ」
教室でメイクを直していた女子たちは、衣装係になった。
逆転喫茶では、男子のメイクだけでなく、衣装も自作するらしい。
誰が女装するかは決まっていないが、清光は早々に目を付けられた。
「清光も学祭で女装したら良いのに」
「無理、絶対無理」
彼は盛大に顔を顰めつつ、私のワイシャツのボタンを外そうとする。
毎朝結んでいるネクタイも、清光は解く方が得意なのかもしれない。
「ちょっと、駄目だってば・・・」
言いかけた口を、彼の手が塞ぐ。
鼻まで塞がれかけて、もがいているうちに、清光の唇が首筋に触れた。
剥き出しになった首元を辿る唇に、いつもの口紅はない。
放課後に私の部屋でするような、禁断の世界に踏み込んだような空気とは違った。
これでは、屋上近くの踊り場で絡み合うカップルと同じだ。
何時もは耳元で『可愛い』や『綺麗』と囁かれるが、今はそれもない。
互いの吐息さえも押し殺すような静寂が、私たちを支配していた。
清光の手がシャツの中に滑り込もうとしたのと、賑やかな話し声が聞こえてきたのは同時だった。
女子2人が、仲良く連れ立ってきたのだろう。
彼女たちも調理室に行くのか「急がなきゃ」「遅刻しちゃう」と声が聞こえる。
そのまま通り過ぎるかと思ったが、ふいに足音が止まった。
私たちは動きを止める。
「ーーあっ」
気づいた女子生徒が、息を詰める。
「やばいよ」「行こう」と囁く声。
おそらく1年生だろう。
走り去る足音に「きゃー」「やばいね」「凄いね」と興奮した声が混じっていた。
それが聞こえている筈の清光は、気配が完全に無くなったところで、ようやく「行った？」と口を開く。
「行ったよ。
顔は見られてないと思うけど」
「じゃあ、改めて」
囁く唇が髪に触れる。
再び動き出した彼に、私は必死に身を捩った。
「清光。
手、離して」
「離したら真衣、騒ぐじゃん」
「早く行かないと遅れちゃう・・・」
塞ぐ手の中でモゴモゴ喋る私を無視して、清光の唇が目尻に落ちる。
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作者名：井原 | 作成日時：2023年2月22日 1時
