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そんな彼に声をかけていたのも、私だ。
「清光、帰ろう・・・？」
手を伸ばせば、蹲った清光が顔を上げる筈だった。
17時のチャイムが鳴る頃に、2人は手を繋いで返る筈だった。
けれど今日の清光は、私の呼びかけにも頑なに応じようとしない。
先程まで、私は彼から逃げていた。
けれどその気持ちも消え、背中を屈めて滑り台の下に潜り込む。
子供の頃は広かった筈の空間が、とても狭く感じた。
膝と膝がぶつかる距離に、この場所を使わなくなった歳月を思う。
秘密の花園は、私の部屋だけだと思っていた。
でも彼とはずっと昔から、2人だけの特別な場所があったのだった。
風が通らないのか、公園の匂いが籠っている。
緑の香りに、微かに混じったライラックの香り。
私たちと同じコロンの香りが、子供の頃の自分たちと重なる。
「帰ろう、清光」
私が肩に手を乗せると、清光は無言で首を横に振る。
「伊口さんに言われたこと、気にしてるの？
大丈夫だよ。
今日は急いでたから、お化粧が薄かっただけだよ」
汗でコロンも流れたのか、清光の香りを間近に感じた。
「大丈夫だよ、清光」
「・・・ない」
微かに漏れた声は、震えていた。
「伊口さんは大丈夫だよ。
勝手に言いふらしたりしない。
学園祭でうんと綺麗な格好して、それで皆んなをあっと言わせよう！
・・・帰ろう、清光。
こんな狭いとこにいたら、身体が痛くなっちゃう」
日がさらに傾いたのか、辺りが急に暗くなる。
顔を覗き込むと、清光さん表情が微かに見えた。
「・・・もう、なれない」
泣いていると思ったが、その瞳に涙の跡はなかった。
「俺は、真衣になれない」
「・・・清光？」
手を伸ばし、こちらを向かせる。
清光は抵抗しようとしたが、息がかかる程顔を近づけると、観念したように目を伏せた。
「真衣になれない」
「私に？」
僅かに口紅の残る唇を噛み、清光が頭を振る。
「ずっと、真衣になりたかった。
真衣と同じ服を着たかった。
真衣の顔になりたかった」
何度も繰り返される私の名前。
「子供の頃は同じだった。
真衣と同じ服が入った。
真衣と同じでいられた」
あの頃は、背が同じくらいだった。
スカートを穿いて遊んでいると女の子同士と思われ、それに違和感を覚えることもなかった。
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作者名：井原 | 作成日時：2023年2月22日 1時
