人形には、なりきれない。【加州清光】 (ページ13)

今日:12 hit、昨日:13 hit、合計:7,945 hit

13 ページ13

「清光、離して」

力を込めても動かない。

頬に、目尻に、額に、そしてまた頬に。

唇が寄せられる。

清光は私にキスをしているのではない、理想の女の子にキスをしているのだ。

清光に触られる度に、恋焦がれる気持ちを悟らせまいと必死に堪える、本当の私に気づいてくれない。

「清光」

私の声が、赤い唇に塞がれた。

初めてのキスだった。

「・・・やめて！」

顔を背け、私は叫んだ。

ベッドから転げ落ちるようにして離れた私に、彼はポカンと口を開けた。

伸ばされた手から逃れるように、私は立ち上がる。

清光が呼ぶ声が聞こえた。

それに振り向くことも出来ず、私は秘密の花園を飛び出す。

・

・

・

無我夢中で走ると、昼間の日差しが残す暑さに、堪らず汗が滲んだ。

タイトスカートが肌に張り付いて走りづらい。

息が切れ、スピードが落ち始めた頃、昔よく遊んでいた公園に差し掛かった。

ライラックも終わりの季節だが、公園には遅咲きの花が残っている。

それを嗅ぐ度に、私は子供の頃を思い出す。

公園には四季折々に花が咲いていた。

春はタンポポの絨毯が広がり、シロツメクサの花冠を被りながら、四葉のクローバーを探した。

夏にはニセアカシアの花弁が雨のように降り、花壇のラベンダーが愛らしい蕾をつけていた。

秋は熟した木苺の実を、おやつ代わりに食べて遊んだ。

あの頃は花園も、秘密ではなかった。

大きな滑り台が付いたアスレチックは、昔から変わらずソコにある。

私と清光は、何時もそこで日暮れまで遊んだ。

転んで膝小僧を擦りむき、泣きべそをかく彼の手を引いて歩いた帰り道は、夕日を浴びて影が細長く伸びていた。

『泣かないで、清光。
帰ったら絆創膏はってあげるから』

『だって、服が泥だらけになっちゃった』

泣きじゃくる清光が転んだのは、鬼ごっこで年上の男の子に追いかけ回されたからだ。

『何で赤のチェック柄の服を着たら揶揄われるの。
〝女のアイドルの真似か！〟って。
真衣は何にも言われないのに、何で』

『清光は男の子だからじゃない』

『何で？
何で男は、赤とかピンク着ちゃいけないの。
何で保育園に、スカートはいて行ったらダメなの。
何で真衣と同じじゃダメなの？』

17時のチャイムを聞きながら、清光と手を繋いで歩く私は、彼のお姉さんのつもりだった。