ふたりで、ひとつ-共犯者篇-幼少期〜日露戦争前 (ページ10)

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次の日も少女はふらふらと己についてくる。
いい着物も彼女にかかれば枯葉まみれである。

少女は気にしてもいなさそうなそぶりで百之助の後を追った。
いつも通りの河川敷で鴨を撃ち落とし首根っこを持つ。
ふと、彼女の方を見やると何やら空を眺めて呆けている。
百之助は彼女の隣に座り、何か珍しいものでもいたか、と同じように空を見上げるが、空はいたっていつも通りであった。

「なんだ」

何を見ている、と問うたつもりであった。
しかし彼女は思案するとポツリと口から不可思議な言葉を溢した。

「空が、同じだったから」

疑問の答えにすらなっていないが、なるほどなと思考する。
柵の中で彼女は空を見ていた。その黒黒とした瞳にはその時刻の空の色が映し出されている。大人になったものは変わらない。変わろうとしない。籠の中の少女にとって、移り変わるのは空の色だけであった。

「名前は」

ぶっきらぼうに問う。名など知ってどうなるわけでもない。
おそらくこの先、名前を呼ぶこともない。籠の中の少女に名前があるのか知りたくなっただけだ。

「A」

A。なるほど。名前があるのか。

「百之助」

百之助と地面を指でなぞる。
朱は、ひゃくのすけ...とつたなく繰り返すとふっ、と息を漏らした。

「かえらなきゃ」

Aが立ち上がった。
日が落ちる。今日もあんこう鍋だ。この時期に鴨をいくらとってもおっかあはあんこう鍋を作る。
百之助のためでなく、お父っつぁまのため。
おっかあの目に百之助はもう映らない。しかし、父の目にもおっかあは映らない。なんて哀れな女。

いつの間にやらAが目の前に立っている。帰ったのではなかったか。

「帰ろう」

手を差し伸べてAは言った。その瞳に百之助が映った。
どこに、という言葉は必要ない気がした。
Aも百之助も、帰る場所など最初からありはしないのだから。