ふたりで、ひとつ-共犯者篇-幼少期〜日露戦争前 (ページ6)

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コトコトと鍋が煮込まれる。
百之助とその母、祖父母に囲まれAは居心地がわるい。
そもそも家でAの母が夕飯を準備しているし、そろそろAがいないことに気がつく時刻だ。
気づかれればどんな仕打ちが待っているかわからない。
そもそも今更自由などないAに母のお得意な大切なものを奪う仕打ちなどできやしないのだけど。

百之助が椀をとってあんこう鍋をよそって祖父母に渡す。もう一つ椀を取り鍋をよそい、そっと何か透明な瓶の中の白い粉を入れた。そのまま百之助の母の前に置く。今度は何も入れずにAの前にも椀が置かれた。

何かの薬か？そう思ったが家庭の事情だ何も突っ込まない方が良いだろう。眠剤の類かもしれない。これだけ現実に心がなかったら夜も眠れないだろう。

百之助の祖父のが椀に口をつけたのを確認してAも口をつけた。
金色に輝く汁はダシと醤油が効いていて美味しい。トメは料理上手であったか。

ガタン

ぎうっという人間のものではない声を聞いた。
百之助の母が顔を真っ青にして泡を吹いて後ろに倒れている。
祖父母が真っ先にトメに駆け寄った。

一瞬呼吸が止まったAの脳内が急速に動き出す。なるほど、そういうことか。
Aはそっと百之助に視線を向ける。百之助は何も見ていない、母親すら。その感情のこもっていない目を私は何度か鏡で見たことがある。

ついに壊れたか。

Aは目を瞑る。
むしろよくここまで母の愛情に縋れたものだ。
その健気な願望を大人たちはこぞって奪い取ったのだ。
何が悪い。私たちは全てを知っているぞ。

目を開け、そっと百之助に近寄る。
百之助がふっと言葉を紡ごうとしたのがわかったが、どうでもいい。百之助の着物の袂にある透明な瓶を己の袖で隠しながら取り出す。

鼠獲り。なるほど殺鼠剤。
壊れてしまったものは元には戻せない。2度と戻ることはない。
百之助はそれがわかっていたんだろうか。では、己がそうであることもまたわかっているのだろうか。

Aは息を深く吸い込むと渾身の力で叫んだ。
百之助が身じろぐのが分かった。
それと同時にトメに駆け寄る。バタついていた足は痙攣を繰り返し、顔は青紫色に膨れている。
彼女の着物に縋り付くように体を密着させながら、トメの着物の袂にそっと殺鼠剤の瓶を入れた。

壊れてしまったものはもう戻らない。
それならば、責任を取るべきだ。