ふたりで、ひとつ-共犯者篇-幼少期〜日露戦争前 (ページ5)

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どこぞの家の子は育ちが悪い。あそこで浮浪しているあの人は汚い。何様のつもりなのか母は他人を評価し、Aにああはならないようにと忠告する。自分がどれほどの人間に見えているのだろうか、そしてこの人はどれほど他人の奥底まで理解しているのかと思案するたびにAは骨の髄まで冷える感覚に見舞われた。
いっそ、その口を塞いで仕舞えば。

そこまで考えたところで、百之助がいつものように柵の前を通る。
いつもは通り過ぎ、Aが抜け穴を通ってついていく。

だが、その日は違った。

柵の前で百之助が止まる。
Aはいつものように抜け道を通り百之助を追いかけようとする。ふとその手に撃たれた鳥が見えた。

「終わり？」

百之助に尋ねると何も言わずに歩き出す。Aは三歩後ろをいつものようについていった。

とある家屋の前で百之助が止まる。
Aははてと考えて、ここが尾形家であることを思い出した。
なぜ自分がここに招待されているのか。そもそも勝手についてきたのだから招待などされていないのかもしれない。

居心地が悪くなり半歩後ろに下がる。地面を擦る音に百之助がこちらを振り向いた。

無言で距離を詰められ手首を掴まれる。片腕に背負った猟銃がAの腕に当たり痛い。
百之助はそのまま玄関の戸を開け、「おっかあ」と呼びかけた。

綺麗な人だなと思った。百之助の母親、尾形トメ。男を愛し過ぎ気が違った女。

トメはこちらを見ると百之助の撃った鳥には目もくれず「どなた？」と尋ねた。

「A、親が今日はいない」

なにを、と思った。どうやらこの少年はAを夕飯に招待したらしい。そんな馬鹿な。朱は戸惑う。

「あら、でも今日はお父っつぁまがいらっしゃるから駄目よ」
「...お父っつぁまなら前に友達を連れてきなさいと」

口から出まかせだ。百之助の父はAの知る限りでは一回たりとも帰ってきたことなどないはすだ。

「そう...」

トメはふらりと揺れるとまた手元のあんこうをぶつ切りにし始めた。どうやら許可は出たらしい。

ふと、Aは自分の家をほっぽり出してしまったことに気づく。
しかし、己を温めてくれたこの少年の手を振り払う気にはどうにもなれなかった。