ふたりで、ひとつ-共犯者篇-幼少期〜日露戦争前 (ページ36)

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眠れぬ夜の月下指南 side 月島ページ36

武道を指南する。
女に約束することではないとは思うが、ああも深夜に外出されては敵わない。

兵士が2人自決している。
直接手を下した形跡が見られなかったため、何か脅しでもしたのだろうか。
問い詰めてものらりくらりとしている猫目の部下に月島は手を焼いていた。

外堀から埋めるしかあるまい。
人も息を潜めた丑三つ時。明日は月島は休みであるし、尾形は明日の朝頃この塀の家にやってくるだろう。それまでにお暇して兵舎の落ち着かない寝台で死んだように眠ろう。

そもそも尾形がしっかりと叱りつけてくれたらこんな手間もかからないのだが、何か事情があるのだろう。
尾形はAにひどく執着している割に強く言えない節がある。

「夜分にお邪魔いたします」

月島はAの家の玄関前で小さく挨拶をすると庭に足を踏み入れた。

Aは月を見上げている。細く青白い手を伸ばして月を掴んだ。Aは手のひらをぐっと開く。Aの顔から表情が抜けてだらんと腕を下ろした。

「...何か掴めたか。」

話しかけるのは躊躇われたがなんとかきっかけを見つけ声をかける。

「なにも。」

ひどく感情のない声であった。

「これを着ろ。」

兵舎から借りてきた一等卒の軍服を差し出す。
規律違反だが、一刻ほどだけだ。女ものの着物が土で汚れるのはあまりよろしくない。

Aは軍服を受け取りいそいそと障子の向こうに消えた。

合気道というのは本来は戦う武道ではない。
入身と転換の体捌きと呼吸力から生まれる技によって、お互いに切磋琢磨し合って稽古を積み重ね、心身の錬成を図るのを目的とした武道である。

しかし、合気道には面白い側面がある。
相手の力を利用して、うまくいけば女でも男を地に伏せることができるのだ。
護身術としては非常に優秀である。関節さえ外してしまえば並の男ならしばらく身動きできまい。

Aが障子戸の向こうから現れる。

「ほぉ、似合ってるじゃないか」

絹のような髪は結われて軍帽の中に収まっている。
小柄な一等卒だ。

「お前は夜遊びが好きなようだ。少し力をつけなければ今後もっとひどい目にあうぞ。」

『少しは役に立てるだろうか。』

空き地でのAの微笑みを思い出す。
これは尾形のためじゃない、お前のためなんだぞ。わかっているのか。分かっていないだろうな。

ふぅ、と月島は息を吐き出し姿勢を正す。

「A、まずは受け身からだ！」

月島軍曹特別指南の始まりであった。