ふたりで、ひとつ-共犯者篇-幼少期〜日露戦争前 (ページ35)

今日:30 hit、昨日:45 hit、合計:10,729 hit

あなたのためを思って2 side 尾形ページ35

Aがぷりぷりと怒っている。珍しいことこの上ない。
しかし、味噌汁に椎茸は入っていないし、飯は大盛りである。
尾形に怒っているのではないことは明白であった。

「何かあったのか。」

その問いかけにAが固まる。Aは頭がいい。ある程度のことは嘘でもなんでも並べてペラペラと口八丁でやり過ごす。
Aが固まる時は決まって尾形が傷つくであろうことが起こった時だ。

予測はついていた。勇作殿に会ったのであろう。Aが言いたくないのならそれでいいと思った。ただ、少し、少しの不安が残るだけだ。

食事に手をつけず頬杖をついてAを眺めていると、先ほどぷりぷりとしていた様子は鳴りをひそめ、次第に黒く濁ったAの瞳がゆらゆらと揺れた。

泣くのか。

尾形はAが泣いたところは見たことがなかった。
幼い頃、母親の金切り声と共に聞いたことはあったが見たことは一度もない。

不安定な瞳のままAが息を吸い込むのがわかった。

「私は、お前のほうがいい。」

なんの話だ。
勇作殿に迫られたのか？いや、それならまぁ俺を選んだわけであるからそれで。
尾形の脳裏は大混乱である。

一つだけ確かなことは、この繊細な女は勇作殿と触れ合いひどく傷ついているということであった。

尾形は立ち上がり縁側であぐらをかく。そっと手招きをしてAを呼び寄せた。Aは素直に従い、尾形のあぐらの上に腰を下ろす。

「世界が違うなら、私はあっちの世界にはいきたくない。」

横から覗くAの瞳からぽとりと宝石のような雫が落ちた。

「百之助は、私から宝物を奪わない。決めつけない。」

Aは何故か尾形を褒めながら、その頬にぽろぽろと宝石を落としてゆく。
尾形はその宝石が惜しくなって、たまらず頬の水滴に口をつけた。

Aはくすぐったいのか顔をふるふると横に振る。
さっきから、何を言っているのかさっぱりだ。

『百之助が傷つくことなんてない。』

しかし、この女の伝えたいことだけは、何故か真っ直ぐ尾形の胸に届いた。