ふたりで、ひとつ-共犯者篇-幼少期〜日露戦争前 (ページ33)

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眠れぬ夜の絵描き唄 side 月島ページ33

この女とは深夜によく会う。

空き地の地面に枝で何かを描きながらよくわからない鼻歌を歌う女。山猫の女と呼ばれたAである。

「尾形上等兵に注意されていないのか。」

月島は空き地に足を踏み入れ、Aに目線を合わせてしゃがむ。

「そういえば。」

Aは着物の袖を口元に当てて笑った。
平安貴族かお前は...。
月島はため息を吐いて眉間を指で押さえた。

「そもそも尾形上等兵とはどういう関係なんだ。」

鼻歌を遮るのも悪いがAの夜遊びは目に余るものがある。

「同郷だ。」

尾形とAが同郷だと？
尾形は茨城の出身であった。母も祖父母も死に茨城の方にはもう身寄りはないはずである。

「恋人ではないのか。」
「違う。」

手足が2本生えてきてー♪
その絵描き歌は合っているのか。地面に描かれているのは謎のもじゃもじゃである。

恋人ではないとなると、同郷のよしみで気にかけているだけなのか。

「恋人はおらんのか。」

恋人の1人でもいればその男にこの夜遊びを止めてもらうこともできるのだが。
Aはゆらりと月島を見上げた。しゃがみ込み同じ格好をしている2人だが、Aはかなり小柄に思えた。

「生きていてほしいひとならいる。」

Aの瞳が月明かりを浴びてゆらゆらと揺れている。
それならば、お前もそいつに生きていてほしいと願われているのではないのか。

Aの瞳に故郷のいご草を見た。
あの胡散臭い猫目の男にも、命があればと願う者がいる。
例の事件を告げた時の尾形の表情を思い出す。

Aの行動は随分と破滅的に思える。
願うものは願われる覚悟を持たねばならない。

「近々時間はあるか。」

Aが小首をかしげる。

「軽くだが、合気道を教えてやる。相手の動きを止めるにはいい武道だ。」

Aがふわりと笑った。
月島は固まる。

「少しは役に立つだろうか。」

お前は尾形のことばかりだな。
ここまで一途に真っ直ぐに人を思えるAの眩しさに、月島はほんの少し目を細めた。