ふたりで、ひとつ-共犯者篇-幼少期〜日露戦争前 (ページ29)

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共犯者-日露戦争前- 7 ページ29

尾形は度々上官に遊郭に誘われる。
誘われてはふらりと逃げ出しこの塀に囲われた家に帰ってくるのだ。
土曜の夜。あたりは暗く尾形がどこからかくすねてきた蝋燭の灯りのみがあたりをゆらゆらと照らしていた。

Aは髪をつげ櫛でとかしながらその時を待つ。
カタン、という音と共に庭から人影が現れた。

「起きてたのか」

尾形が縁側に腰掛け軍帽を脱ぐ。
酔っているのだろうか。靴を脱ぎ近づいてくる尾形から酒の香りがした。

そっとつげ櫛が奪われる。Aの後ろに腰を下ろした尾形が黒髪にそっと触れた。

「遊郭の女は香りが強くて敵わん」

Aの髪をとかしながら鼻で笑う。
Aはされるがままだ。

「遊郭の女は器量がいいんだろう」

Aが首を傾げながら問いかける。母親はそういう女を嫌っていた。
けれど見たこともないものを蔑む気には到底なれなかった。
生きるために必要ならば、体だって立派な武器だ。

「お前ほどじゃねぇよ」

尾形の両腕がAの前に降りてくる。
こうして抱きしめられたのは茨城から北海道に向かう野宿などの最中以来であった。
人恋しいのか。抱きたいのか。尋ねようとする言葉はどれも外れているような気がして。

「寒いのか」

いつか聞いたような台詞がAの口から漏れる。
尾形はふっと笑って腕に込める力を強めた。息が耳にかかる。

「おててが冷えた」

尾形の手をそっと握る。
尾形はそのままAの髪に顔をつけ、息を吸い込む。

Aは何も答えなかった。