ふたりで、ひとつ-共犯者篇-幼少期〜日露戦争前 (ページ28)

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繋縛の黒髪2 side 月島ページ28

上官の許可をもらい、月島は銭湯に忙ぐ。
何かと慕われる月島は兵舎の風呂ではゆっくり入れないだろうという配慮で、上官が月島に関係のない執務に追われている時の夕刻はこうして銭湯に行くことが許されるのだ。

月島はいつも通りの長風呂であったが夕飯まで少し時間があった。嗅ぎなれない香のような香りにあたりを見回すと、銭湯が出た客の休憩用の座る椅子に、流れるような黒髪の女が座っている。烏の濡れ羽色とでもいうのだろうか、その髪は濡れていて着物を濡らすほどであった。

ぽた、ぽた。

着物に水滴がおちる。
湯冷めしてしまう。これではこの女、銭湯に来た意味がない。

「あの」

少し不躾であっただろうか、女に声をかける。
女がうつらと揺れ月島を見上げた。

「髪が、濡れていますが」

女性の体の部分、この場合髪ではあるが、それに関して男が口を出すのもいかがなものかと思ったがこの場合は仕方がない。
月島はコホンと誤魔化すように咳をして、水滴をあらためて指摘した。

女はああ、と指して驚きもしない様子で手拭いで乱雑に髪の毛を拭き始める。ぎょ、と月島は声をかけて止めた。これでは男の髪の扱いだ。髪は女の命ではないのか。
そもそも自身がこの扱いでは先ほどの綺麗な髪は誰が整えていたのか。

月島は周りに人がいないことを確認する。どうやら番頭は寝こけているし客はみんな湯に入っているようであった。

なんだ、と訝しげにこちらを見る女に「失礼します」と声をかけて手拭いを優しく奪い取った。
直接触れないように気をつけながらゆっくりと髪の水分をとっていく。

かつて愛しかった女がよくこうやって髪を拭いていた。
いご草のようなくるくるとした髪であったが月島は随分と気に入っていた。気にすることなどないのに、こうやってしっかりと水気をとると次の日は調子がいいのだとあの子は笑っていた。

女は大人しく拭かれている。側から見たら異様な光景であるが、今この状況を見ているものは誰もいなかった。

「もういい」
「だめだ」

女は手を振り払おうとする。その度に水滴が落ちた。

「髪は女の命だろう」

どの女もそうではないのか。
女は驚いたように月島を見上げ、気味が悪いほど美しい笑みになった。それに不釣り合いな歪んだ口元。

「髪は私の呪いだ」

月島は手拭いを女に返すと銭湯を後にした。
今日の夢に出てきそうだと眉間を押さえる。
いご草か、それとも不気味なほどに美しく笑った黒髪の女か。