ふたりで、ひとつ-共犯者篇-幼少期〜日露戦争前 (ページ26)

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「食欲がない」

夕飯の下拵え中に帰宅した尾形はそう告げると縁側で猫のように丸まってしまった。
いじめられでもしたのだろうか。そもそもいじめられて落ち込むようなタマではない。
同期に嘘の訓練場を知らされてしばらく待った後揶揄われたことに気づくくらいには鈍感なところがあるのだから。

Aはため息を吐いて尾形の真後ろに座り込む。
そっと手を伸ばしてその坊主頭を撫で回す。尾形が怒らないところを見ると満更でもないらしい。

「椎茸入れてない。」

前に味噌汁に椎茸を入れたことをいまだに警戒しているのだろうか。Aの好物は椎茸であるため諦めていただきたいところだが。尾形がふっと息を吐き出して朱をチラッと見る。

「祝福されて生まれたやつは世界が違うと思うか？」

何事だ、と固まった後朱は察した。勇作殿が士官学校を卒業した頃だ。父上のいる第七師団に少尉にでも配属されたのだろう。
尾形の口ぶりからある程度の事情は察していた。
寡黙であるくせに、尾形はどうもAには口に戸を建てられないたちであった。

Aは尾形の頭を持ち上げ自身の正座した膝に乗せる。
尾形は何も言わず抵抗もしない。

「勇作殿だって」

尾形の肩がぴくりと反応する。そのまま向きを変えてAを見上げた。

「勇作殿だって、初めて死体を見れば悲鳴をあげる。大切なものを失えば瞳も濁る。」

変わりはしない。どの人間も。
希望を失えば自ら死ぬ。

皆生まれながら清い。生きていたら濁っていく。
勇作殿も例外ではないはずだ。そうでなければ、

Aは尾形の頭を撫でながらそっと目を伏せる。

そうでなければ、我々が救われないではないか。