ふたりで、ひとつ-共犯者篇-幼少期〜日露戦争前 (ページ24)

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尾形はしばらく東京に行くらしい。
東京とはハイカラな街であった。一瞬しか見かけなかったが見たこともない建物がぞろぞろと並んでいた。

東京にはえびふらい、なんてものがあると耳にしたことがある。
海老にパンの粉を振るって揚げたもの。尾形はパンが嫌いであるし、東京から帰ってきたばかりの尾形がえびふらいもどきを見たら不機嫌になりそうだ。

Aはいつも通り味噌汁に山菜のおひたし魚の煮付けに麦飯にしようと決め、台所に立った。

しばらく後、引き戸の開く音がする。
ただいまなどという声は聞いたことがないが、この家でズカズカと上がり込む者など一人である。

「おかえりなさい」

AはくんくんとAの頭ごしに料理の匂いを嗅いでいる尾形を見上げた。

「あぁ」

尾形はぶっきらぼうに返事をすると軍帽を外し着流しに着替える。もう暖かくなってきたというのに火鉢に手を翳して満足気だ。

「偽勇作殿がいた」

偽勇作殿が。東京に偽勇作殿がいたということか。
たしか、尾形は上官たちと共に東京に異母兄弟の勇作殿の縁談を破断にするために乗り込んでいたはずである。そもそも尾形は勇作殿と初対面であるはずだが。

その勇作殿が偽である。頭の回転が速いAですら首を傾げる事案である。
が、何やら楽しそうな尾形に何も言わず食事を置く。

「扉を蹴り開け、タマの裏をご令嬢に見せつけていた」

なるほど変質者であったか。勇作殿も災難だ。

「そいつが、勇作殿であったら少しは面白い」

Aはそう呟き、ケラケラと声を出して笑った。
そんな破天荒な男であれば最高である。どのみち尾形と気が合うわけはないが。

尾形はにぃっと口角を上げる。

「お前も偽物を送りつけてやればいい」

茨城で心配されているご両親も少しは浮かばれるだろう、と。同情などこれっぽっちもしていないくせによくのたまうものだ。

「必要ない。手紙を置いてきた。」

Aはあの日、自室に手紙を置き去りにしてきた。

「あ？なんて書いたんだよ」

Aはふと考え、卓を横切り尾形の耳元に口を寄せた。
尾形はしばらく真剣な面持ちでその言葉を聞いていたが次第に気色が悪いほど笑顔になる。

「ははぁ、そりゃあいい。死ぬより地獄だ。」

死ぬよりも辛い苦しみがこの世にある。
壊したものの代償は生きて償うべきだ。

Aもまた、肩を揺らしながら目を細めて笑うのであった。